ひらめきブックレビュー

今こそ「論語」が面白い 高橋源一郎氏が全編読み解く 『一億三千万人のための『論語』教室』

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ビジネスや日常会話でもよく使われる「温故知新」。このことばの出典をご存じだろうか。そう、『論語』である。『論語』とは古代中国の思想家である孔子の言行を弟子たちが記録したもので、「学而」「為政」など20編からなる。数々の格言が『論語』から生まれているが、『論語』全体を通読している人、いや通読したい、と思う人はかなり少数なのではないか。

そこで開いてほしいのが本書『一億三千万人のための『論語』教室』だ。本書は小説家として知られる高橋源一郎氏が『論語』を省略なしで完訳したもの。20年がかりで、孔子センセイ(著者は親しみを込めてこう呼んでいる)が本当に伝えたかったことは何だろう、と考えながら読み解き、現代の私たちになじみのあることばに"翻訳"している。そのため紙の上に書かれていることば以上の意味が伝わってくる。ときおり高橋氏自身のコメントも交えられており、孔子と弟子、そして著者が織りなすにぎやかな雰囲気はまさに「教室」だ。

■人間の本質は2500年前と変わらない

孔子が生きていたのは2500年前のことだが、『論語』を読むと人間の本質は今も昔も変わらないようだ、と著者はいう。確かに本書で伝えられる孔子センセイのことばには、現代を生きる私にもはっとさせられるものが多い。

例えば、孔子センセイは「為政」という編のなかで「其の以(な)す所を視、其の由(よ)る所を観、其の安んずる所を察すれば、人焉(いずく)んぞかくさんや。人焉んぞかくさんや」と言っている。高橋氏によるとこんな意味だ。

人間というものを知りたかったら、まず、その人がなにをしているかじっくり見るんです。それから、次に、その人がそんなことをする理由を考えてみる。そして、最後に、その人が自分のやったことのどこに満足しているかを見極める。そこまでやれば、その人のことははっきりわかります。

このことばから、母のことを思い出した。私の母は軽い認知症を患っていて短期記憶がなくなるため、よく色々なものを見失う。そのとき、盗んだのは私だと問い詰められ、悲しくなってしまうことがよくあったのだ。

私は専門書などを読み、母の行動の理由を考えた。すると自分が置き忘れたとは認めたくないため愛情をかけた人を責めるのだとあり、私の心は少し軽くなった。理不尽な行動なのではなく、母なりの愛情表現だと捉えられたからだ。孔子センセイのいう通り、表面的なことばで判断せずに行動の背景にまで考えを巡らせると、その人のことがよく見えてくる、ということだろう。

本書では孔子センセイのメッセージを499に分けて紹介しているが、最後のメッセージは「ことば」に関するものだ。ことばを理解しなくては、人間を理解することができない。つまりことばを理解することこそが、人間の究極的な目標なのだという。社会や政治、思いやりや親孝行など人間の営み全体を俎上(そじょう)にのせている『論語』のなかで、ことばがとりわけ大切だというメッセージは新鮮だ。本書とともに、ことば、そして人間への理解を深めてみたい。

今回の評者 = 中村秀子
情報工場エディター。金融情報分析会社にて、金融情報記事などを作成する傍ら、書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームでも活動。東京都出身。

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