ひらめきブックレビュー

脳をだます「幸せホルモン」 買わせるプロの手口とは 『ブラックマーケティング 賢い人でも、脳は簡単にだまされる』

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「残り1点」。なんどこの言葉につられたことだろう。買い物は好きなほうとはいえ、つい衝動買いをしては後悔することしばしば。どうして自分は我慢ができないのか……と落ち込んでいたが、どうやら「自己責任」という話でもないらしい。

本書『ブラックマーケティング 賢い人でも、脳は簡単にだまされる』によると、「残り○○点」という表示方法は「焦りにつけ込む商法」だと指摘する。売り手にとってデメリットとなる「品不足」という状態を、残り○○と言い換えることによって、「よく売れていて、売り切れ間近である」ような印象に変えているのだ。買い手側は「今買わないと手に入らないかもしれない」と焦り、通常の判断力を失ってしまう。

こうした古典的な手法をはじめ、私たちの身の周りには数々の「買わせる仕組み」が仕掛けられている。本書は、その買わせる仕組みについて、脳科学とマーケティングの見地から相互に解説したものだ。著者の中野信子氏は脳科学者・医学博士で、鳥山正博氏は経営学者・コンサルタント。

■「AKB商法」を支える愛と絆

中野氏いわく、冒頭のような衝動買いには、「セロトニン」という神経伝達物質が関わっている可能性があるという。セロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、幸福感を感じると分泌される一方、焦りやストレスを感じているときはセロトニンの分泌が低下する。セロトニン分泌が少ないと不安を感じやすい精神状態になり、思考力が落ちるのだ。

もうひとつ興味深い例を挙げよう。「AKB商法」だ。これは、アイドルグループのCDをひとりのファンが大量に購入する仕組みで、ファンはCDに付いている「握手権」や「投票権」を目当てにお金を払う。経済学的には「消費者余剰の収益化」と説明できる。熱心なファンは応援しているアーティストからとてつもない満足感(価値)を得ているため、CDの定価以上にお金を払ってもいいと考えている。ここに目をつけたビジネスモデルだ。

一方で脳科学的には、「オキシトシン」の働きを利用していると考えられる。オキシトシンは「愛と絆のホルモン」とも称され、ストレスを軽減するとともに、他者を信頼したり、集団への帰属意識を高めたりする働きがある。そしてオキシトシンは特定の集団に「参加」していると感じるときや、握手などの「接触」行為によって分泌されるという。つまり、投票や握手を通じてファンの脳内ではオキシトシンが増え、ますますアーティストに愛着を抱くようになる。

本書によると、人間の脳は、じっくり分析して意思決定するよりもわかりやすいものに反応する"怠け者"なのだそうだ。誰かに仕掛けられれば、簡単に思考力が奪われてしまう。本書でそうした脳の性質を知ることで、冷静で悔いのない買い物ができるかもしれない。

今回の評者 = 平昌彦
「ひらめき」や「セレンディピティ」を提供し、8万人以上のビジネスパーソンに利用されている書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の編集企画部所属。これまでに編集者やライターとして関わってきたメディアは60以上。高いIQ(知能指数)を持つ人たちの団体「MENSA」(メンサ)会員。

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