JR東日本の新宿駅改札内にある電話ボックスのような謎の箱。その正体は、働き方改革支援を目的に同社が2019年8月から展開しているシェアオフィス「STATION BOOTH」だ。JR東日本がなぜ今、シェアオフィス事業に乗り出したのか。

JR新宿駅の甲州街道改札内に設置されている「STATION BOOTH」
JR新宿駅の甲州街道改札内に設置されている「STATION BOOTH」

「働く人の1秒」を大切にしたい

 駅ナカシェアオフィス「STATION BOOTH(ステーション・ブース)」が設置されているのは、JR東日本管内の利用者数トップ3に当たる新宿駅、池袋駅、東京駅と、同16位の立川駅だ。2019年11月時点で利用登録している個人会員は約1万6000人、法人会員は約30社に上る。

 このシェアオフィスの利用者は、30~40代のビジネスパーソンが中心。JR東日本 事業創造本部 新事業・地域活性化部門 課長 事業開発グループ グループリーダーの佐野太氏は、この事業を始めた理由について「働き方改革という社会課題に対して、駅のサービスとしてお客様の利便性向上を考えたとき、こういったサービスがあれば働く人の1秒を大切にできると考えた」と話す。「次の打ち合わせまで30分~1時間と、中途半端に時間が空いてしまうという声はよく聞くので、そんなときに活用してもらえたら」

 STATION BOOTHは1平方メートル程度のスペースに机と椅子、ノートパソコンを接続する24型ディスプレー、電源、冷暖房、送風ファンなどを備えている。Wi-Fiも利用可能で、集中して仕事ができる環境となっている。カフェなどで仕事をする場合は席に着く前に列に並び、何かしら商品を買う必要がある上、そもそも空席があるとは限らない。入室すればすぐに作業を始められるSTATION BOOTHは、ビジネスパーソンにとってありがたい存在だろう。

専用のウェブサイトで予約を受け付けているが、空きがあれば予約なしでも利用できる。営業時間は午前7時~午後9時30分で、立川駅のみ月~土曜日が午前10時~午後9時30分、日曜祝日が午前10時~午後9時となっている
専用のウェブサイトで予約を受け付けているが、空きがあれば予約なしでも利用できる。営業時間は午前7時~午後9時30分で、立川駅のみ月~土曜日が午前10時~午後9時30分、日曜祝日が午前10時~午後9時となっている
扉の脇にあるタッチパネルディスプレーを操作して、QRコードを読み取ると入室が可能になる。料金は15分につき250円(税別、キャンペーン期間中は150円)。支払いはクレジットカードかSuicaなどの交通系電子マネーとなっており、現金は使えない
扉の脇にあるタッチパネルディスプレーを操作して、QRコードを読み取ると入室が可能になる。料金は15分につき250円(税別、キャンペーン期間中は150円)。支払いはクレジットカードかSuicaなどの交通系電子マネーとなっており、現金は使えない

 STATION BOOTH利用者の職種として多いのは営業職だ。「客先に向かう15~30分前に資料を確認する、訪問を終えた後で(日報などの入力)作業をして直帰するといった使い方をしている」と、このサービスを提案したJR東日本事業創造本部 新事業・地域活性化部門 シェアオフィスPT 主席の中島悠輝氏は言う。実際、サービスの利用者から「早く帰れる」「生産性が上がった」との声も多いそうだ。

 「ブース内での飲食は禁止だが、公序良俗から逸脱しなければ、使い方はお客様に決めていただきたい」と中島氏。仮眠やオンライン英会話、自習などに利用する人もいるらしい。立川駅にある2人用のブースでは、タロット占いや保険商品の提案などに利用する人がいたとのこと。確かに込み入った話やプライベートな話をする場所としてもSTATION BOOTHの空間はぴったりだ。

ターゲットの想定外の利用者が商品性を高める

 そうした意外な使われ方があることが分かったのは、ローンチ前、18年11月から19年2月にかけて実施した実証実験のときだった。参加者は約1万人。ニーズと商品性の確認のための施策ということで、大々的に広告を打ったわけではないものの、メディアの報道から口コミが広がった結果、予約が取れないほどの人気になった。

 「想定していない利用者こそ、商品性を高める上で大切だった」と中島氏は振り返る。参加者をビジネスパーソンに絞らなかったことが好結果につながったのだ。

室内は十分に広い。照明を落とせば仮眠もOKだ
室内は十分に広い。照明を落とせば仮眠もOKだ

 ローンチに当たっては実証実験に参加した人の声を基にさまざまな改良を加えたと中島氏。「外開きだった扉は、構内の人の流れを考慮し、内側に収まるようにした。自動扉に挟まれても安全かどうか身をもって試し、角がとがっていると危ないと気づいて丸くした。室内にスプリンクラーを設置したり、防音性を保ちつつ非常放送は聞こえるようにしたり、防犯カメラを付けたり……安全性が確保できるよう一つずつ積み上げていった」(中島氏)

 現状、STATION BOOTHの稼働率は平均で3割ほどだが、まだ認知されていない点を考えると「想定通り」(佐野氏)とのこと。利用者からは「自宅の最寄り駅や会社近くの駅にも(STATION BOOTHを)設置してほしい」という声が届いているそうだ。

空室のときはブース右上の緑のランプが点灯する。取材したのは月曜の正午前だったが、4つあるブースのうち、すでに3つが埋まっていた
空室のときはブース右上の緑のランプが点灯する。取材したのは月曜の正午前だったが、4つあるブースのうち、すでに3つが埋まっていた

 「以前の駅はただ電車に乗るための場所だったが、ここ20年くらいの間に構内で物を買ったり食べたりできるようになった。次のフェーズでは『働く場所』という価値を新しく提供する」と中島氏。「駅、つまり移動の拠点を持っているからこそできる社会課題の解決方法だと思う。このサービスをインフラ化するのが理想。駅がある以上、それぞれにニーズはあると感じている」

 発足30周年を迎えた17年に、グループ企業を含めた約7万5000人の全社員を対象としたアイデア募集型プログラム「ON1000(オンセン)」を始動させたJR東日本。サービスプラットフォームとしての駅へ……その第一歩が、このSTATION BOOTHだと言える。19年11月21日には、1つの部屋に複数の座席を備えるシェアオフィス「STATION DESK 東京丸の内」も東京駅構内に開業している。利用者をよく観察し、ニーズを細かく拾っていけば、新しい事業の可能性はまだまだ見つかるはずだ。

安全で快適なスペースを駅構内に用意することで、30分程度の隙間時間を有効利用できる場を提供する
安全で快適なスペースを駅構内に用意することで、30分程度の隙間時間を有効利用できる場を提供する

(写真/酒井康治)

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