ひらめきブックレビュー

コーヒーが飲めなくなる? ブームの陰で荒れる生産地 『世界からコーヒーがなくなるまえに』

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オフィスや自宅で、コーヒーをいれたものの飲まずに捨ててしまったことはないだろうか。何気ない行為かもしれないが、本書『世界からコーヒーがなくなるまえに』(セルボ貴子訳)を読むと、認識が改まるだろう。

あまり知られていないコーヒー生産地の現状と課題に光を当てたのが本書だ。大量消費を助長してきたコーヒー業界には「30年後にはコーヒーは存在しない」という認識があるらしい。「これからもコーヒーを楽しむにはどうすればいいのか」という問いを世界一のコーヒー生産国・ブラジルの生産農家への取材を通して考えている。著者のペトリ・レッパネン氏とラリ・サロマー氏は、世界一コーヒー個人消費量が多いとも言われるフィンランドの出身だ。

■コーヒーは簡単に育つ作物ではない

コーヒー消費量はアジア諸国を中心に伸び続けている。一方で、コーヒーは簡単には育たない作物だ。コーヒー栽培には年間を通じて摂氏20度を超えた気候と豊かな水、そして栄養分の多い火山灰地のような土壌が必要だ。また、コーヒーは開花からたった2日ほどでしぼんでしまう。この間に大雨や寒波にあたると結実せず収穫ができない。このようなデリケートな作物を育てるのに適切な耕作地が、地球温暖化や気候変動の影響で減ってきているという。

とくに土地の消耗が大きな問題だ。大量消費時代の要請に応え、ブラジルなどの生産地では除草剤・化学肥料を継続使用しながら大量生産を行ってきた。一見効率的だが土地は酷使され、痩せてしまう。その結果つくられたコーヒーは品質が悪く、買取価格が1キロ数百円にも満たない。安価なために、農家はさらに増産せざるを得ないという悪循環に陥る。

■飲み物になることを知らない生産者もいる

生産者の情報不足も課題である。農薬・肥料メーカーの指導に従うだけで、どうすれば品質の良いコーヒーを持続的に作れるかという情報や知識がないまま栽培を続けてきた。近年のウガンダの調査では、生産者の半数ほどが「自分たちが育てているコーヒーが飲み物になることを知らなかった」という。

本書に登場するブラジルの生産農家は、アメリカで暮らした時期があったことで情報不足から脱却した。コーヒーのテイスティングや品質の重要さを学び、有機栽培への切り替えなどサステナブルなコーヒー生産に取り組んでいる。収穫の方法も機械による一括収穫から手作業による最適なコーヒー果実の収穫に改めるなど、高品質なコーヒーを作る動きが進められている。彼らのメッセージはこうだ。「今より少なめに、でもおいしいコーヒーを飲もう」

本書の原題は「コーヒー革命」。ブラジルのコーヒーが「量より質」へと価値基準をシフトさせようとしている情報革命が本書の本質といえるだろう。そして情報革命が必要なのは私たち消費者も同じ。いつものコーヒーの味わいが大きく変わる一冊である。

今回の評者 = 高野裕一
情報工場エディター。医療機器メーカーで長期戦略立案に携わる傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。長野県出身。信州大学卒。

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