ひらめきブックレビュー

味の素「残業ゼロ」実現の先は 創造的な働き方に挑む 『味の素 「残業ゼロ」改革』

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週休2日制の導入は事件だった。お父さんが家にいる! 土曜日の昼といえば、父が所構わず吸うたばこのにおいと、機嫌が良いときに作ってくれる簡単な昼食。ささやかな非日常にワクワクした、平成の初めの頃の思い出だ。

それから30年もの間、日本人の労働時間は大きく変わらなかったという。それも驚くべきことだが、2019年の働き方改革法の本格施行で変化が生まれそうだ。

多くの会社が本腰を入れ始めた中、味の素は、電通過労死事件よりも前の2015年秋に年間総労働時間1800時間を目指す取り組みをはじめ、わずか4年でほぼ達成したというトップランナー。本書『味の素 「残業ゼロ」改革』はその内幕を取材した日経電子版の連載記事に、大幅加筆したルポだ。著者の石塚由紀夫氏は日本経済新聞の編集委員。

■生み出した時間を仕事に還元する

数ある改革の中で、象徴的なのは終業時刻を午後4時30分に繰り上げた話だろう。8時15分始業、午後4時30分終業。労働組合も驚いたというが、この時刻には意味がある。家事・育児への参画にしても、ジム通いや自己研さんにしても、少しくらい早く帰っても意味がない。外が明るいうちに社員を解放してこそ、自分の時間を持てるものだ。「朝・昼・夜」という1日のとらえかたを「朝・昼・夕・夜」へと変え、自由に使える「夕方」を生み出すというアイデアだった。

この施策が「早く帰りたい」という思いをかきたて、社員は自発的に工夫をするようになった。例えば通勤中に1日の段取りを決める、資料作成は集中力の高い午前中に行う、そもそも全社で紙の資料を減らし電子化していく、などだ。こうしたコツコツとした取り組みで、2015年からの3年間で着実に労働時間を短縮。数字上では社員1人あたりの時間当たり売上高は15%上がったという。

だが、味の素の経営層は満足していない。なぜならこの間の事業利益は微減傾向で新しいヒット商品もなく、ネスレやユニリーバに並ぶ「世界トップ10の食品企業にな る」という真の目的は未達成だからだ。仕事の無駄を省いた次は、より創造的な仕事への改革が必要だ。味の素・西井孝明社長は2020年度に1日の所定労働時間をさらに15分短縮するという数値目標を撤回。削減時間にとらわれるのではなく、新しい価値や連携を生み出す仕事へシフトチェンジするよう社内に呼びかけている。

働き方に変化をもたらしたい個人、企業は多いはずだ。残業をなくすことが目的化しがちだが、働き方改革の真の目的とは新たな価値を生み出すことだという味の素の指摘はよくよく覚えておく必要がある。つまりは、生み出した時間で何をし、どう仕事に還元するかという本題をそれぞれの頭で悩むことが改革の要と言えるだろう。

味の素のある社員は終業後に大学院へ通い始めたそうだ。思えば団塊の世代の父も、息子のために苦手な料理に「挑戦」してくれた。価値を生み出す鍵は挑戦ではないだろうか。これまでの習い性を離れ、新しい知見を得ることだ。私にも2歳になる息子がいるが、彼が働く将来のためにも新しい挑戦をしたい。そんな意欲がわいてくる一冊だ。

今回の評者 = 戎橋昌之
情報工場エディター。元官僚で、現在は官公庁向けコンサルタントとして働く傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。大阪府出身。東大卒。

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