2013/3/12

ダイレクトメッセージ

29年間の現役生活で酷使してきた肩が再びこわれてしまい、引退することになりましたが後悔はありません。むしろ、私のような者が野球教室を続けることで、このスポーツを楽しむ気持ちや、様々な人生の夢を、子どもたちがあきらめないでいてくれるのならば、いくらでも行かせていただきます、という覚悟でした。

現役時代は応援してもらうばかり。その恩を返すときがきた=日刊スポーツ提供

野球人生の最後に、私の肩が子どもたちを笑顔にする上で役に立ったのかと思うとうれしかった。岩手県や福島県を含め、あれから30回以上は被災地に足を運んだのですが、行くたびにこちらが勇気をもらって帰ってくることになりました。

被災地はそれなりに復興が進んだようです。ただ、忘れてはいけないのは津波で流された地域をはじめ、本格的な復興はこれからなのだ、ということ。まだ生まれ育った自宅に帰れない子どもたちがいることを、大人の一人として忘れてはいけないと思っています。

野球教室を続けるうちに、私は夢を持つようになりました。いつかあの大震災を経験した子どもの中からプロ野球選手が出てくれないものか。その選手が抱いている「あの日」の思いを、世の中すべての人に伝えてほしいと思うのです。



工藤公康(くどう・きみやす) 1981年度のドラフト6位で名古屋電気高(現愛工大名電高)から西武に入団。落差のあるカーブと相手打者の心理を読んだ配球を武器に、大舞台に強い左腕として西武の黄金期を支えた。生活の乱れから一時成績が落ち込んだが、食事の改善や大学教授らと連携したトレーニングで低迷から脱却。86年から2年連続日本シリーズMVP。95年ダイエー(現ソフトバンク)にフリーエージェント(FA)で移籍、捕手の城島健司(引退)を育て、99年にチームを日本一に導き「優勝請負人」と呼ばれた。2000年には2度目のFAで巨人へ。07年から横浜に移り、10年に西武に復帰。同年オフに戦力外となり、11年12月引退を表明。プロ野球29年間で224勝142敗3セーブ。最高勝率、最優秀防御率各4度など多くのタイトルに輝く。1963年5月5日生まれ、愛知県豊明市出身。日刊スポーツ評論家。
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読者からのコメント
WalkManツトム 50代男性 新潟県
なぜか震災関連の記事を読むと、涙が出ます。 工藤投手?も50才にして、素敵なヤリガイのある第二の人生をスタート。 私も60才にして、生まれ育った故郷で第二の人生をスタートしました。 私は3年8ヶ月、東北で仕事をさせていただき、東北の方の優しさの中で過ごさせていただきました。 楽しかった東北は、勝手ながら、私の第二の故郷です。 「今度は私が東北のために何かを」と思っても、なかなか工藤さんのようにはいきません。 今、私に出来ることは、 ・忘れないこと。 ・応援すること。 ・伝えること。 と思っています。 新しい仕事が落ち着いたら、東京に居る家族と第二の故郷/東北に出かけ、何か出来る事をさせていただきたいと思います。
桜島大根 50代男性 大阪府
はじめまして^_^  3月12日の記事を読ませていただきました。 素晴しい活動に感激致しました。 これからもコンディションを調えて頑張ってください。 私も 15年間少年野球に携わらせていただきました。 子供達は財です。 可能性は無限大です。 応援しております。
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