働き方・学び方

ダイレクトメッセージ

石巻の子どもたちへの400球 痛めたはずの肩が…… 野球評論家 工藤公康

2013/3/12

 今年で50歳になります。小学生の時に野球を始めてから40年近く、ほとんどの時間をこのスポーツに費やしてきました。お酒の飲み過ぎで肝臓をこわし、「工藤は終わった」といわれたこともありました。数限りない失敗を重ねましたが、そこから「自分で考える」「自分で決める」ことの大切さを学んだ気がします。舌足らずかもしれませんが、野球を通じて学んだ大切なことを、みなさんにお伝えできれば幸いです。

頑張る子供たちに元気をもらう=日刊スポーツ提供

 野球好きの父親とのキャッチボールが始めたきっかけでした。ただ、父は構えている所に投げられないと怒って帰ってしまう。そんな厳しさもあって、正直言えば野球が嫌いになってしまいましたが、少しでも父に褒めてもらいたいという思いから、「将来はプロ野球の選手になりたい」と小学校の卒業文集に書いた記憶があります。

 どうせ嫌いな野球なんだから、何とか早くうまくなってしまおうと、あれこれと工夫を巡らしました。野球雑誌にあった連続写真を見ては、江夏豊さんら当時活躍している選手のフォームもよくまねをしたっけ。

 意外でしょうが、私はプロ野球の試合を一度も球場に見に行ったことがないんです。それでもプロの世界に入ることができたのは、私の世代の遊びが技術向上のヒントになったからだと思います。

 ひもを巻いたコマを勢いよく回すときの柔らかい手首の使い方は、カーブを投げる上で参考になったし、上から投げ下ろすメンコ遊びは、そのまま野球での左腕の使い方、スナップのきかせ方につながりました。経済的には豊かとはいえなかったけれど、遊ぶ場所を含めたいい環境が私の周りには備わっていたと思います。

 遊びとスポーツ。それらがうまい具合に入り交じるいい少年時代でした。おおらかな時間が流れていたあのころだったから、今の自分が育つことができたと思っています。

 だからでしょうか。東日本大震災が発生した2年前、被害の大きさが明らかになっていき、子どもたちのことを考えたとき、私はいても立ってもいられなくなりました。子どもたちから夢や希望や、あらゆるものを奪ってしまった大災害。自分にできることはないか?と思いがつのるばかりで、何からどう手をつけていいのかもわかりませんでした。

働き方・学び方

ALL CHANNEL