ひらめきブックレビュー

『ホモ・デウス』著者が挑む 人類を揺らす21の課題 『21 Lessons』

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皆さんは、自分の「呼吸」を意識したことがあるだろうか。「自分は今、息を吸って、吐いている」というように。呼吸は、人間なら誰もが生まれた時からこの世を去るまで、休まずに続けている。長い人類の歴史の中で、どんなに文明や社会構造が変わろうとも、「息を吸って吐く」という行為は、すべての人が続けてきた。すなわち呼吸は、疑いようのない人間の「真実」と言って差し支えないだろう。

しかし、人間のそれ以外の行動や思考の多くは、時とともに変化する「虚構」の上に成り立っている可能性がある。本書『21 Lessons』(柴田裕之訳)の著者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、前2作『サピエンス全史――文明の構造と人類の幸福』『ホモ・デウス――テクノロジーとサピエンスの未来』(いずれも上・下巻、河出書房新社)から本書まで一貫して、こうした「虚構」の影響を前提とした論を展開している。

イスラエルのヘブライ大学で歴史学を教える著者は、世界的ロングセラーとなっている『サピエンス全史』では、人類の「過去」を見渡した。そして、こちらもベストセラーとなった『ホモ・デウス』は、壮絶な「未来」の予測である。それに続く本書がスポットを当てるのは「現在」。日本語版は「21世紀の人類のための21の思考」を副題とし、雇用、自由、平等、コミュニティ、宗教、SF、瞑想(めいそう)といった多岐にわたる21のテーマのもと問題を提起しつつ、人類が「今、ここ」をどう生きるべきかを探っている。

■AIとバイオテクノロジーの合体が最大の脅威に

著者の論によれば、私たちのアイデンティティーは、ほぼすべて虚構の上に構築されたものだ。所属する会社も、家族のあり方も、国家や政府、法律、資本主義、宗教といったものは、自然に発生したのではない。過去の人間が作り上げた虚構である。自分の意識や思考でさえ、こうした虚構の影響を受けて生まれたものだ。

そして、著者が人類の未来をもっとも脅かすものとして挙げるのが「ITとバイオテクノロジーの双子の革命」。人工知能(AI)が人間の体や遺伝子、脳の仕組みを理解し、センサーで私たちの生体反応などのデータを集める。それによって人間の意思決定をコントロールするようになるという。現に私たちは、アマゾンなどのレコメンドにより購買行動の誘導を受けている。今後、そうした誘導が強化され、「コントロール」に変わっていく。

バイオテクノロジーと合体したAIやITという新たな虚構によって、私たちの経済や社会だけでなく、体や心まで再構成される可能性があるという。それに対抗するために著者が勧めるのが、冒頭で触れた「呼吸を意識する」ことなのだ。それによって「揺るぎない自己」を認識し、虚構によるコントロールを軽減できるのだろう。

本書は、現実の諸問題が未来の人類の運命にどうつながるかを、明快な論理で示している。じっくり読んで、そのつながりを「自分ごと」として考えてみてはいかがだろうか。

今回の評者 = 吉川清史
情報工場SERENDIP編集部チーフエディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の選書、コンテンツ制作・編集に携わる。大学受験雑誌・書籍の編集者、高等教育専門誌編集長などを経て2007年から現職。東京都出身。早大卒。

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