ひらめきブックレビュー

目玉焼きを裏返すには 工学発想で作る良いマニュアル 『「マニュアル」をナメるな!』

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マニュアルにポジティブなイメージがあまりない。家電のマニュアルを読むのは苦痛だし、職場でマニュアルに頼っていると、仕事のスピードが出せないばかりか、そのうち自分の頭で考えることができなくなってしまいそうな感じがする。

そこを見越した「ナメるな!」なのだろう。本書『「マニュアル」をナメるな!』でいうマニュアルとは、単に手順を整理した文書に限らず、仕事の進め方やシステムのデザインをも含むもの。炊飯器の取扱説明書から新幹線の安全管理まで、ダメなマニュアルがミスを引き起こした事例を豊富に紹介しながら、いいマニュアルの条件、さらにはいい仕事の設計を考察していく。著者の中田亨氏は産業技術総合研究所の人工知能研究センターに所属し、工学的な観点から人間のミスを研究する専門家だ。

■難しい仕事を簡単にする「レンガ積み」

マニュアルの役割は「最も簡単な作業の誘導」である。文章表現だけを磨いても良いマニュアルにはならない。実際に効果を発揮するのは、シンプルな作業に的を絞り、いかに簡単、安全、効率的に誘導するかに注力したマニュアルだという。つまり良いマニュアルのためには、そこに書かれた作業手順に目を配る必要があるということだ。

著者はマニュアルの前段階として、工学的な立場から「正しい作業手順の作り方」も紹介している。例えば、仕事のタイプはレンガを積み上げるタイプと、フライパンの上で目玉焼きを宙返りさせてひっくり返すタイプの2種類に分けられる。レンガ積みタイプの仕事は、スピードを落としたり停止してから再開することが可能で、進み具合の把握も容易。つまり成果を積み立てていける。これに対して、目玉焼きタイプの仕事は停止できないし、スピードが速すぎても遅すぎても失敗してしまうもので、最後に成功か失敗か判断できるまで進捗を測れない。

難しい仕事を簡単にするためには、目玉焼きタイプの仕事をレンガ積みタイプの仕事に変えることが肝要だという。例えば目玉焼きをひっくり返す仕事も、フライ返しを使えば速度面でのハードルを低くすることができ、成果が積み立てられる仕事に近づく。

他にも、プロの料理人が下ごしらえにしっかりと時間を割くように、スピード勝負となる本番作業の比重をなるべく減らすことも有効だ。このように工夫をこらして複雑な仕事を簡単な作業に置き換えていくことで、実は仕事のデザインが洗練されていくというわけだ。マニュアルの世界は奥深い。

自分の経験に照らしてみても、仕事ができる人は、作業の分解と段取りがうまい。難しい仕事であっても本当に難しい部分は一握りで、多くの部分は簡単な作業に分解してチームで分担することができる。生産性の向上が各業界で課題になっているが、個人の直感や資質の問題に帰責させず、工学的な発想で合理的な作業設計を追求していく本書の考え方は、どの職場にもヒントを与えてくれるだろう。

今回の評者 = 戎橋昌之
情報工場エディター。元官僚で、現在は官公庁向けコンサルタントとして働く傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。大阪府出身。東大卒。

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