ノーベル賞が遠くなる? 基礎研究費を削る日本の行方『科学者が消える』

喜ばしいことに2019年のノーベル化学賞に、吉野彰氏の受賞が決まった。昨年は生理学・医学賞を本庶佑氏が受賞している。08年に物理学賞を受賞した益川敏英博士は「日本人研究者が毎年1人ぐらい受賞するのは当然」と言ったそうで、確かにそうなのかもしれない……などと思ってしまう。だが、本書『科学者が消える』を読むとそんな浮かれ気分は吹き飛んでしまう。

本書は「科学技術白書」といった公的刊行物を分析し、日本の研究現場の現状を読み解く。明らかにされているのは大学の研究力、特に真実や事実を解明する基礎研究の危機である。著者は、ノンフィクションライターの岩本宣明氏。

若手研究者が育たない環境

本書によると自然科学系のノーベル賞は「発見」を重視しているという。エックス線を発見したレントゲンはノーベル物理学賞を受賞しているが、白熱電球を発明したトーマス・エジソンや電話機を生んだグラハム・ベルは受賞していない。「(技術の)発明」より、それを支える事実の解明である基礎研究が評価されるのだ。

さらに、受賞した研究の特徴を見てみると、若手研究者の頃の取り組みが評価されていることが多い。日本人初のノーベル賞を取った湯川秀樹は27歳の頃の研究、2002年に化学賞を受賞した田中耕一氏は26歳の頃の研究がそれぞれ賞の対象となっている。つまりノーベル賞を取るためには、基礎研究への投資、そして若手研究者がのびのび研究できる安定的なポストや環境づくりが欠かせない、と著者は述べる。

ところが、近年の大学をはじめとする研究環境は揺らいでいる。現在、博士課程修了者の約6割は大学の助手など安定した研究職に就けず、研究テーマも研究資金獲得の実績作りのために、短期的な成果を出しやすい応用研究が指向されているという。

背景にあるのは、国立大学の法人化に伴う運営費交付金の削減だ。政府は04年、法人化で国立大学に裁量を与える代わりに大学運営の効率化を求めた。その結果、運営費は04年度から2016年度の12年間で総額1470億円も減った。1校平均にすると17億円の削減で、著者の計算では約200人分の人件費に当たる。2016年度の大学教員数は1校平均756人だから、12年間で教員人件費の4分の1強が削減されたということになる。

数年間で研究時間が25%も減少

さらに「選択と集中」というスローガンで研究費の重点配分が行われた。大学から研究プログラムを公募・審査し、東京大学や京都大学のように大規模上位大学に資金を集中させる動きだ。

限られた原資で研究力の底上げを図ったのだが、招いたのは資金獲得のための書類作業の増加など、研究時間の減少である。著者の調査では2002年から2008年の間に、大学研究者の研究時間は25%減少している。大学発の論文数も全体として減少傾向だ。

このままでは日本の基礎科学力が低下し、30年後にはノーベル賞受賞者が5年に1人の割合になると著者は警告。研究力の再生のためには教育と研究機能の分離を図るべきだと主張している。つまり一般社会で必要とされる教養や技能を教える教育機関と、研究者のための研究機関とを分けよ、ということだ。

是非はともかく、データに基づく社会的な議論は必要だ。まずは本書で日本の研究の現状を知ることから始めてはどうだろうか。

今回の評者=はらすぐる
情報工場エディター。地方大学の経営企画部門で事務職として働く傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディターとして活動。香川県出身。

科学者が消える: ノーベル賞が取れなくなる日本

著者 : 岩本 宣明
出版 : 東洋経済新報社
価格 : 1,650円 (税込み)

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