著作権や個人情報と並び、現場の頭を悩ませる権利問題、それが肖像権だ。万人が発信者の情報社会、至るところに人の姿は写り込み、拡散される。そこには肖像権があって、侵害すると大変だとは分かっている。だが肖像権を正しく理解している人は少ない。権利問題に詳しい福井健策弁護士に助けを求めた。

 肖像権についてよく分からず、クレームも怖いので、人が写っていたらとにかく顔にモザイクをかける。モザイクでどうにもならない写真・映像は、泣く泣くボツにする。それも政府広報などならまだいいだろう。しかし、テレビのニュース、新聞記事、ウェブ動画、ブログ記事から町内会報、PTA広報まで、何もかもモザイクなんて到底できない。あまりに味気ない。一体どうすればいいのか。

Q1 肖像権がよく分かりません。

A1 直球ですね(笑)。実は、誰にもよくは分からない。なぜなら、著作権などと違い「肖像権法」という法律はないので。

Q2 えっ? では肖像権という権利は実はないのですか?

A2 そうではない。判例で認められている。「誰しも、無断で自分の姿を撮影・公表されない」という人格権で、根拠は憲法13条(個人の尊厳)という、立派な法的権利だ。ただ、制定された著作権法のような条文はないので、一体どんな場合に権利が認められ、何年守られるかなど、全部が曖昧なのだ。

Q3 曖昧とは?

A3 よくある誤解は「人の肖像が写っていたら全部、肖像権侵害」というもので、裁判所はそんなことは全く言っていない。最も有名なのは2005年の最高裁判例で、そこでは「受忍限度論」という考え方が打ち出されている。つまり、社会生活を営む以上、時には写真に撮られたり、それが人目に触れたりすることもある。その全部が侵害ではなく、通常の一般人が受忍すべき限度を超えるような撮影・公開だけが肖像権侵害だ、とされたのだ。

 ただ、その受忍限度はどの程度かははっきり触れられておらず、単に「撮影された人の社会的地位撮影された活動撮影された場所撮影の態様目的必要性の6要素の総合考慮」と言われている。公表の場合も、同じように総合考慮となるだろう。

Q4 総合考慮ですか……すみません、まだよく分かりません。

A4 一例として、この写真はどうか。

(写真提供/共同通信)
(写真提供/共同通信)

 1970年の大阪万博のコンパニオンの方の写真で当時公表されたもの。ここでは公正を期してモザイクをかけたが、いかにも魅力が半減だろう。例えばこれをテレビや雑誌の「70年代特集」でモザイク無しで掲載してもいいのだろうか。写真家の了承を取って著作権をクリアすればOKか? あるいはこのコンパニオンのお二人を探し出して、本人(や場合によってはご家族)の了解を取らないと無理なのか。後者だとすると、恐らく使用は断念するだろう。こんなことが社会の至るところで起こっている。

 裁判所の言う「総合考慮」は正しいだろうが、実際の現場ではそう言われたからといって判断はつかない。仕方がないから全部モザイクをかけたりお蔵入りにしたりするケースもあると聞く。逆に、「一度公表されたものはすべて利用可」といった、荒っぽい独自ルールでどんどん使っている例も多い。どちらも裁判所の基準からかけ離れていて、一方はあまりにもったいないし、他方は危な過ぎる。

Q5 まったくです。どうすればよいのでしょうか?

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