ひらめきブックレビュー

齋藤孝氏の「人格読書術」 理解が深まる本への接し方 『なぜ本を踏んではいけないのか』

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大学に入学して間もない頃、「自分には何の取りえもない」という悩みを抱えていた私は、そのことを先輩に相談したことがある。すると、その先輩は「とりあえず本を100冊読め」と言った。「100冊読んで、それでもまだモヤモヤするようだったら、あと100冊読むんだ」

せっかくのアドバイスなので、実行してみることにした。10冊、20冊と手当たり次第に読み始め、知らなかった世界や気づかなかった考え方に触れるたびに、それまでの自分の視野の狭さを思い知らされた。自分の悩みがちっぽけに感じられるようになり、100冊読書を完了した頃には悩みはすっかり消えていた。

本書『なぜ本を踏んではいけないのか』は、そんな私の経験を思い起こさせてくれた。日本語やコミュニケーションに関する多数の著書がある齋藤孝・明治大学文学部教授による本書は、齋藤氏が特に影響を受けた古典や名著を中心に、100冊近い書籍を紹介。読書を通じて世界観や価値観を形成し「自分自身の世界をつくる」効用を説く。

書名の「なぜ本を踏んではいけないのか」という問いの答えは、本書によると「本には人格があるから」。時代を超えて残る優れた本のほとんどは、著者が苦難を含むさまざまな経験の中から心血を注いで著したもの。そういう本には「著者の人格が宿る」と齋藤氏は言う。

だから読書とは、著者の人格を継承する行為であり、言うならば「著者に弟子入り」するようなものだそうだ。そのような姿勢で本と向き合う読み方を、齋藤氏は「人格読書術」と名づけている。

■小学生も「現代語訳より原文がいい」

齋藤氏はベストセラー『声に出して読みたい日本語』シリーズ(草思社)の著者としても知られるが、同シリーズで説かれている「音読」も、人格読書術の一つなのだそうだ。

本書では、100人ほどの小学生たちに『平家物語』の一節を、現代語訳ではなく原文のまま声に出して読ませたときの経験が語られる。

小学生たちは、初めて音読したときには、ピンとこなかったようで、何の反応もない。しかし、読んだ一節の意味をかみ砕いて教え、再び音読させると「おお!」といった反応になる。そして現代語訳よりも原文の方がいい、と全員が口をそろえるようになった。

『平家物語』の著者は不詳だが、「語られる物語」として最大の効果を上げられるように、という思いを込めて書かれたにちがいない。だからこそ、原文を音読することで、小学生でも「言葉の持つ力」を感じられるというのだ。

その他にも、本に線を引き、書き込みや付箋をつけて積極的に本の中身と関わるように読む方法や、偶然手に取った本との一期一会を大切にするなど、本との向き合い方を考えさせられる内容が紹介されている。

日ごろ、「本を踏む」とまではいかないまでも、読書を軽んじがちな人こそ、人格読書術で、本と言葉の持つ力を実感してみてはいかがだろうか。きっと新たな発見があるはずだ。

今回の評者=高橋北斗
情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームの一員。東京出身。早大卒。

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