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職場の知恵

「無個性」な文章への目覚めが私を変えた 作家・角田光代さんインタビュー

2012/12/23

『八日目の蝉』が130万部を突破、先ごろも柴田錬三郎賞、泉鏡花賞を受賞するなど、めざましい活躍を続ける小説家・角田光代さんは、しかしというかだからというか、本当にまじめに作品を作っている。平日の9時から5時はパソコンに向かい文章を書く生活を続け、締め切りの半月前に原稿が上がっている状態も「時間がなくて思い通りに書けなくなるのがいちばん怖いので、前倒しにしているんです。時間がなくならないように」と話す。

「私、たぶん仕事が好きなんですよね。仕事って捉え方がいろいろあって、ちょっとの労力で多くを得ようとする人もいれば、周りの声を聞いて反映しようとする人もいる。さまざまな仕事論があると思うんですが、その中で、私はものすごくまじめにやりたいんです。例えば、100やって(返ってくるのは)50くらいかな、と。100やって1000返ってくるのは嫌なんです。100返ってくるのも何か信じられない。その時に、100やったのになぁと思わないのがいい仕事だと思っていて」

ボクシングを描いた角田さんの最新作『空の拳』にも「仕事を究める瞬間」が出てくる。人が何かに集中するときの、周りの雑音が届かないほどの高みが描かれるのだが、似た境地を角田さんは過去の作品『くまちゃん』では、次のように描写していた。

■珍しく自らの考えを小説に反映

「何かをやりたいと願い、それが実現するときというのは、不思議なくらい他人が気にならない。意識のなかから他人という概念がそっくりそのまま抜け落ちて、あとはもう、自分しかいない。自分が何をやりたいかしかない。だれが馬鹿だとか、だれが実力不足だとか、だれがコネでのしあがったとか、だれが理解しないとか、だれが自分より上でだれが下かとか、本当にいっさい、頭のなかから消え失せる。それはなんだか、隅々まで陽にさらされた広大な野っぱらにいるような、すがすがしくも心細い、小便を漏らしてしまいそうな心持ちなのだ。自分を認めないだれかをこき下ろしているあいだはその野っぱらに決していくことはできないし、野っぱらを見ることがなければほしいものはいつまでたっても手に入らない」(『くまちゃん』より)

これらには、通常は小説に書かない角田さんの考えが、珍しく反映されているそうだ。

「『空の拳』や『くまちゃん』では、人が何かを究めることについて書いたから、どうしても雑音とは関係のないところだとか、一人で行かなければならない場所とかいう話が出てきたんだと思う」

『空の拳』で、角田さんは初めてスポーツを題材に小説を書いた。登場人物が男性ばかりというのも角田作品では異例だが、それに関しては「私はずっとダメな男しか書かないと言われて、言われ飽きてたんです」と言う。ほぼ男性しか出ないような小説を書くことが達成でき、「今までの自分のテリトリーの外に出られて楽しかった」と。なぜ、スポーツを描こうとしたのだろう。

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