ひらめきブックレビュー

料理人の個性も把握 極上を届け続ける精肉師の目配り 『どんな肉でも旨くする サカエヤ新保吉伸の全仕事』

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食欲の秋の到来である。おいしい肉を食べたいと思うことも増えてくるだろう。そのとき、気にするのはどんなことだろうか。レストランの評判や、「○○肉」といったブランド、「A5」といった格付けなどが一般的かもしれない。確かにこれらの情報も参考にはなるだろうが、これからは、その肉がどんなふうに「手当て」されたかに注目してみてはいかがだろうか。

本書『どんな肉でも旨くする サカエヤ新保吉伸の全仕事』は近年注目を集めている精肉師、新保吉伸氏の仕事ぶりを伝える一冊。肉を枝肉(骨付きのままの状態の肉)で仕入れ、個々の肉に適した下処理と熟成・保存を施し、その肉がいちばんおいしくなるようなひと手間を行うこと。これが手当てだ。新保氏の手にかかれば「おいしくならない肉はない」。そんな彼が代表を務める精肉店「サカエヤ」には、全国の有名シェフから注文が絶えないという。

■仕入れた肉を「育てる」感覚

牛を育てる生産者と、肉を調理する料理人のあいだに立つのが精肉師。生産者が「牛を育てる」のなら、精肉師は「肉を育てる」のだと新保氏はいう。手当てはそれぞれの肉の状態や個性に合わせて施すのが基本だ。

例えば長時間輸送で疲れた肉は2~3日冷蔵庫で休ませることで肉質を落ち着かせてから手当てを始める。お産を繰り返し種がつかなくなった経産牛は、肉が硬いので熟成により繊維を緩ませる。肉を毎日見て触って熟成と保存を行い、ときには食してみて味の変化を確認する。さらに新保氏の頭の中には、取引する料理人の個性やお店の雰囲気もインプットされているそうだ。熟成の進み過ぎた肉ならばこのシェフに任せよう、予想より多くサシの入った肉ならば外国人観光客が訪れるすき焼きの老舗のところがいい、など、肉の状態に合わせて出荷先を決める。その肉本来のポテンシャルを引き出しつつ、料理人との相性をアレンジしているのだ。

■「早く、きれいに」が鉄則

新保氏は「早く、きれいに」仕事をすることをモットーに掲げている。実際精肉店であるにもかかわらず、サカエヤの店内は肉や血の匂いがしないそうだ。肉を処理する処理場も毎日2時間かけて掃除を行っているという。

「早く、きれいに」を従業員に徹底させるため、新保がやらせるのがメモ貼りだ。サカエヤの処理場の壁には、様々な伝票や注文書が、きっちりと地面と平行にゆがみなく貼られているが、この貼り作業を若手に繰り返させるのだという。こうした地味だけれども緻密な作業を通して、肉を扱うきちょうめんさ、実直さが育っていくのである。

新保氏は肉がおいしくなることを追及しつつ、店にこもっているわけでもない。生産者や料理人のところへ足を運んだり、料理研究家を対象にした肉の基礎知識を教える「肉塾」を開催したりと、精力的だ。本書を読んでプロフェッショナルの姿勢を学びたい。

今回の評者 = 安藤奈々
情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。早大卒。

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