※日経トレンディ 2019年9月号の記事を再構成

1973年に日本電産を創業し、1代で世界ナンバーワンの総合モーターメーカーに育てた、カリスマ経営者永守重信氏。自らを育んだ京都で巨額の私財をなげうち、大学経営へと乗り出した。買収した企業をすべて再建させてきた最強の経営術で、凝り固まった大学の序列に風穴を開ける。その決意を聞いた。

永守重信氏
永守重信氏
1944年京都府生まれ。73年に28歳で日本電産を創業し、1代で世界一の総合モーターメーカーに育て上げた。2018年3月、学校法人京都学園理事長に就任。19年4月から法人名変更に伴い学校法人永守学園理事長。日本電産会長兼CEO(最高経営責任者)を兼務する

 平安朝の十二ひとえをまとった女性が、畳の間でリズミカルに舞い踊る。琴の音に乗せたロボットダンスを──。

 千年の古都で革新を起こす。そんな決意を込めたテレビCMを2019年夏、大々的に放映したのは、京都先端科学大学。18年度まで京都学園大学という名称だった。受験界では長らく“Fランク”に分類されていた、さえない大学が一躍、関西の台風の目に躍り出た。

 19年入試では、志願者数が前年比で160%と急増。20年には工学部を新設し、さらに倍増を狙う。快進撃へと導く“総帥”は永守重信氏。日経ビジネスの「社長が選ぶベスト社長」にも選出された、誰もが憧れるカリスマ経営者だ。世界43カ国にグループ企業を持ち、連結の従業員数は10万人超。日本電産を28歳で創業し、1代で世界一の総合モーターメーカーに育て上げた。その永守氏が「全私財をなげうってもいい」と自ら理事長に就任し、本気で大学経営に乗り出した。

2019年4月に京都学園大学から改名した。京都市の太秦キャンパスに20年、工学部が新設される
2019年4月に京都学園大学から改名した。京都市の太秦キャンパスに20年、工学部が新設される

あみだくじに1本線が入る

 19年4月3日、京都市のみやこめっせに、京都先端科学大学の“1期生”が顔をそろえた。入学式に臨んだ永守氏は、いきなり永守節をさく裂させた。

 「君ら、関関同立(関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)に落ちてきたんだろう。しかし、今日は人生にとってものすごくいい日だ。なぜならば、この大学に入ったことで、君らの将来の人生は大きく変わる。あのときよく落ちたなと思うときが来るぞ。あみだくじに1本線が入ったんだ」

 7~8分で終える予定が、30分の独演会になった。例えるなら、それは魔法。開式前、硬い表情をしていた新入生たちが、見る見る前のめりになり、訓示に聞き入った。新たな大学校歌が発表され、オペラ歌手が高らかに歌い上げる。もうFランクとは言わせない。全く違う大学へと変貌を遂げた。そう思わせるのに十分な入学式だった。みやこめっせといえば、京都大学が毎年、入学式に使う。永守氏はあえて京大の2日前にこの会場を押さえた。明確なメッセージを発信するためだ。

 「この大学は関関同立が目標ですかって言う人がいる。いや、僕は京大を抜くと言っている。偏差値で抜くのは100年かかる。だけど、世界には大学ランキングというのがある。これで100位以内に入っているのは、日本では東大と京大だけ。101位から200位の間には存在しない。だから、まずは199位までに入ろうと。それで日本3位になる」。まさに、これから史上最大の下克上を成し遂げようとしているのだ。

 太秦、亀岡の両キャンパスと、経済経営、人文、バイオ環境、健康医療の4学部すべてを京都学園大学から引き継ぎ、工学部を加えた総合大学へと飛躍させる。大学名と理事長が変わっただけではない。学長、そして学部長の大半も刷新した。これほどの荒療治を断行できたのも、60社を超す企業を買収し、すべて再建させてきた日本電産のノウハウを注ぎ込んだからだ。

当面の目標は、東京大学、京都大学に次ぐ国内3位の座。基準とするのが、英国の教育専門誌「タイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE)」のTHE世界大学ランキングだ。日本で200位までに入っているのは東大と京大のみで、まずは199位以内を狙う
当面の目標は、東京大学、京都大学に次ぐ国内3位の座。基準とするのが、英国の教育専門誌「タイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE)」のTHE世界大学ランキングだ。日本で200位までに入っているのは東大と京大のみで、まずは199位以内を狙う

 採用してきた側だからこそ、本当に欲しい人材が分かる。「しかし、送り出す大学側は、相変わらず昔のカリキュラムで、使えない学生ばかり送ってくる。経営学部を出てきても、決算書一つ作れない。最大の問題は、偏差値教育と大学のブランド主義。これが日本をぐちゃぐちゃにしてしまった」。

 偏差値が高いとはどういうことか。永守氏いわく、それは暗記とテクニックに秀でているだけ。「今、東大に入ろうと思ったら、貧乏人は入れません。金持ちしか入れない。なぜかというと、予備校や家庭教師が受験のテクニックを教えるから。そして、自分がやりたいことよりも、大学名のブランドを取る。『農学部なら京大に入れる』と言われたら、本当は工学部に入りたくてもしょうがないと妥協する。人生100年の時代。前途ある若者に対して、18歳の段階で偏差値やブランドで君はこっちと進路を割り振るなんて、どんなつもりなのか」。

玉露のかすより番茶の上等

 一流大学を出たら、社会で即戦力になれるのか。それは違うと永守氏は言う。関西では京大を学歴ピラミッドの頂点に、私立は関関同立、産近甲龍(京都産業大学、近畿大学、甲南大学、龍谷大学)と続く。日本電産では7000人以上の社員を採用してきたが、「ここ最近で一番早く課長、部長に出世したのは、龍谷大学の出身者。大学のランクなんて、全然関係ない。使ってみたら極めていい人材がいるんですよ。僕は思うんです。玉露のかすよりも番茶の上等が欲しい、と」。

 一流大学の真ん中以下の学生よりも、京都先端科学大学の1番、2番の方がはるかに逸材という考え方だ。「玉露のかすなんて飲めませんよ。番茶の上等の方がずっとおいしい。玉露の上等は確かにすごい。でも、そんな人材は、ノーベル賞を取るとか、全然違う所に行く。大学受験の結果なんて、ビジネスの世界では関係ないわけです。僕は、世の中に足りない人を育てる大学にしたい。今、どんな業種でも欲しいというのが、英語ができる学生だ」。

 この大学の大きな特徴の一つは、まさに英語教育にある。「日本はまず読み書きから始める。だから、全然使いものにならない。文法をやり過ぎている。スリッパではなく、左右あるからスリッパーズでしょと。そんなふうに教えるから、みんな英語が嫌いになる。この大学では、まずしゃべる。しゃべれたら、文法とか読み書きをさせるという全く逆の教育をする」。

 そう言い切るのは、日本電産の社員を見てきたからだ。「今どき、東大、京大を出ても、英語をしゃべれない。しゃべれると思ったら帰国子女。だから、うちはTOEIC 650点以上の到達を絶対目標にする。そのぶん、英語に相当お金も時間も割く」。

モーター研究の即戦力を育てる

 そもそも永守氏が大学経営に乗り出したのは、モーター技術者が圧倒的に足りないという危機感からだ。「学生というのはAI(人工知能)とか華やかな業界に行く。もうハードの時代ではないとか言って。でも、ソフトだけで何ができるんだと。スマートフォンにだって、モーターが入っている」。

 永守氏が思い描くのは、2050年の世界だ。「人口は100億人になる。そのときにロボットは500億台稼働している。工場は全自動になる。ものを運ぶのは全部ドローン。そのとき、どれくらいのモーターが必要になるかと計算したら、天文学的数字になった。では、誰がモーターを設計して、誰が教育するんだと。それを思ったら、これは早くやらないと駄目だと悟った」。

 まずは14年に「永守財団」を設立した。永守賞という名前で世界のモーター研究者を顕彰し、研究資金を助成している。これにより、「僕は世界のモーター研究者のネットワークをつくり上げた」。17年には、京大にモーター研究の寄付講座を開設した。しかし、それでも技術者は全く足りない。

 「クルマはEV(電気自動車)になっていき、ロボットや空飛ぶタクシーが行き交う未来が訪れる。それを支えるのは、全部モーター。ところがモーターを学んだ人は500人採用しても1人、2人いるかどうか。だから結局、社内に『モーターカレッジ』を設立して、入社後に半年から1年、一から教えている。それでは、世界と戦えない」

 業を煮やした永守氏は、京都に大学をつくる計画を温めていた。「2025年ぐらいに完全な単科大学を全寮制でね。半分は留学生にして、学費は無料。自分の私財を全部なげうって、モーター工学だけ教える大学を設立する。1学年500人。4学年で2000人の小さな大学。大学院も入れて5000人までの大学をつくろうと思っていた」。

 文部科学省の補助金を当てにするつもりは毛頭なかったが、大学設立の手続きは煩雑だった。そんなとき、京都学園大学の当時の理事長に声を掛けられた。「この大学を使ってやってほしい」。確かに自分でつくるよりは簡単だ。総合大学にするのも悪くない。そう思い直し、すぐさま工学部の設置を申請した。モーター技術を専門的に教える日本初の学科を形にするためだ。

 工学部は半数を留学生にすることを目指し、英語で講義を行う。「モーターの設計がすごくできて、かつ英語ができる。うちが全部取りたいぐらいだけど、世界にも出ていってもらいたい」。

 他学部もインターンには力を入れる。「2日、3日で終わるのは、インターンではない。米国では、半年、1年がざら。本物の実学を学び、英語もできる学生なんて、間違いなく全員売れますよ」と自信を見せた。目標は、“とんがった人材”を育てること。「どんな人間かって、僕みたいな人間ですよ」。

※後編(19年8月21日公開)に続く。

(写真/水野浩志)

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