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仕事人秘録セレクション

人物重視の評価でナムコ入社 いきなり遅刻で大目玉 バンダイナムコホールディングス 元会長 石川祝男氏(4)

2019/8/30

1977年当時のナムコの求人広告には、ユニークなものが多かった

2018年6月にバンダイナムコホールディングスの会長を退任した石川祝男氏は、文化の異なるバンダイとナムコの経営統合に誰よりも前向きで、両社の文化融合に尽力しました。石川氏が社員に伝え続けた「元気よく暴走しなさい」というメッセージでした。その石川氏の「仕事人秘録」。第4回ではナムコに入社した当時を語ります。

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■1977年夏にナムコの求人情報を見て、すぐに電話した

会社を見学したいと伝えると「一度、来てください」と言われ、飛んで行った記憶があります。手塚明夫大阪事務所長(当時)が快く出迎えてくれました。

当時の就職活動は10月ごろから始めるのが一般的でした。一足早い夏に見学したため、「意欲的な学生がいる」と誰かに推薦してくれたのでしょう。当時はゲーム業界に入社する大卒学生が珍しかったのかもしれません。手塚さん本人は推薦を否定しますが、私は手塚さんのおかげで入社できたと思っています。

面接は10月ごろに東京で受けました。3人一組の面接を一緒に受けたのが、後にナムコの社長となる橘正裕さんと台湾出身の宮沢宏造さんでした。面接前の雑談で橘さんは大阪大学、宮沢さんは北海道大学と知り、「これは受からない」と思いましたが、実際は3人とも受かりました。ナムコは出身大学で人物を評価しません。今もそのDNAは受け継がれています。

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