※日経トレンディ 2019年9月号の記事を再構成

2000年に1号店を開店し、うどんチェーン最大手に上り詰めた「丸亀製麺」。しかし17年後半からは客足が伸び悩み、毎月前年割れが続いていた。この危機を救い、再び客数増へと転じさせた立役者が、マーケティング精鋭集団「刀」を率いる森岡毅氏だ。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)をV字回復させた希代の“軍師”が、丸亀製麺ではいかなる戦略を繰り出すのか。小売業の将来を見通した“野望”とともに聞いた。

森岡 毅氏
森岡 毅氏
USJをV字回復に導いた、日本“最強”マーケターの異名を持ち、2017年にマーケティング精鋭集団「刀」を設立。数学マーケティングを駆使する「森岡メソッド」を生かし、「マーケティングで日本を元気に!」を大義に掲げる

丸亀製麺は2019年春から客数が増え、復活への道を歩み始めました。

森岡 毅氏(以下、森岡氏) その後も客数、売り上げともに前年より伸びています。私たち「刀」が、丸亀製麺を運営するトリドールホールディングスと協業を契約したのが、18年秋。刀の役割は「ブランドをつくること」です。具体的には、消費者視点の調査・分析により、成功確率の高いブランド戦略を策定。それを実行に移すために必要な組織改革、人事評価システムの変更や人材教育などを行い、契約期間終了後も持続可能なマーケティングノウハウを丸亀に移植します。

2000年に1号店を開店。今や全国に約820店舗を展開する、うどんチェーン最大手の「丸亀製麺」。海外にも約200店を出店
2000年に1号店を開店。今や全国に約820店舗を展開する、うどんチェーン最大手の「丸亀製麺」。海外にも約200店を出店
■丸亀製麺の既存店売上高と客数の推移
■丸亀製麺の既存店売上高と客数の推移
注)%は前年比。2019年5月の「スーパーフライデー」実施に「刀」は関与していない

丸亀の問題点は何でしたか?

森岡氏 ブランディングという概念が希薄だったことです。そのため客数は次第に減少。単価の高いフェア商品などで対処してきましたが、それも有効な手立てにならず、抜本的な見直しが必要な状況でした。粟田貴也社長が創業時から掲げている哲学「出来たての感動を届けたい」は本当に正しい。実際にすべての店内で粉から麺を手作りし、出来たてのおいしさにこだわり抜いてきました。原料は「国産小麦、水、塩」のみで、保存料や表層的に食感を増す混ぜ物なんて一切使わない。ところが、最大のブランドエクイティー(資産)であるこの特徴が、消費者に十分に届いていなかった。来店客でも知る人は5割未満でした。そこで19年1月からCMで「すべての店で、粉からつくる。」と他社に無い圧倒的な強みを訴求することにしました。言わば原点回帰です。

うどんそのものに焦点を当てた、シンプルで力強いCMですね。

森岡氏 まず伝えたかったのが、「お店でしか食べられないうどんがある」ということでした。外食時にうどんを選ぶ人の割合は、まだ低い。うどんを食べる人が10人いるとしたら、1人しかいない。確率論的なことを言うと、人は外食するとき、2回サイコロを振ります。まず「ハンバーグ、ラーメン、うどんなどのうち、どれを食べようか」とジャンルを決めて、その後に、うどんだったら「肉うどんか、カレーうどんか」と種類を決める。マーケティングで重要なのは、まずは最初のサイコロでうどんが出る確率を上げることです。そうでなければ2回目のサイコロは実はあまり意味が無い。言い換えれば、「うどんは外で食べる価値がある」と思っていただけるように、ブランドエクイティーを構築するのです。

 うどんの地位が上がれば、丸亀の売り上げは自然と増える。簡単な計算でも、外食でうどんを食べる人が1人から3人に増えれば、市場は3倍になるわけです。そして、出来たてのうどんを提供する本気のシステムを全国約820店舗という規模で展開しているチェーンは、丸亀の他に無いのです。

■うどんを外食で食べない「9割」を狙う
■うどんを外食で食べない「9割」を狙う
店舗をブランディングの要に据え、「刀」のメンバーと共に徹底視察。オペレーションスタッフとの対話などからも改善のヒントを探り出し、打ち手の仮説と検証を重ねる

丸亀は原点を見失っていたと?

森岡氏 丸亀に限らず、多くの外食企業が陥る問題です。一般にうまくいったブランドでも寿命は20年、企業の平均寿命も30年程度です。人の好みにははやり廃りがありますし、人気店が生まれれば、他社が参入し、その結果、価値を生まない競争によって業態全体を陳腐化してしまう。徐々に客数が減る流れのなかで、伸び悩む売り上げ対策として客単価を上げようと高価格のメニューを増やしたり、あるいは逆に価格を下げたり、1杯無料にするキャンペーンを打ったりして客数を増やそうとしますが、そういう小手先の企画は、ブランド価値を毀損するだけです。中長期的な視点に立ってブランドを構築するという根本治療をしないといけない。マクドナルドやスターバックスのような長寿企業はみな、明確なブランディングで危機を乗り越えてきた。来年20周年を迎える丸亀も、ちょうど分岐点に来ていたのでしょう。

「原点」でブランドを設計する

うどん自体の魅力を徹底訴求する

「刀」のリードで2019年1月からうどんの魅力を伝えるCMを開始。6月からの新CMでは、丸亀の最大の特徴である「粉からつくる」(上上写真)を人の左脳に植え付け、さらにうどんを食べたくなるシズル感を女優・清野菜名を起用して右脳にアピール(上写真)
「刀」のリードで2019年1月からうどんの魅力を伝えるCMを開始。6月からの新CMでは、丸亀の最大の特徴である「粉からつくる」(上上写真)を人の左脳に植え付け、さらにうどんを食べたくなるシズル感を女優・清野菜名を起用して右脳にアピール(上写真)

「出来たて」「素材」の売りを強調

店先に配置されたのぼり。CMと同じく、来店した客などに向けて、「当店でも」と丸亀の魅力を訴求
店先に配置されたのぼり。CMと同じく、来店した客などに向けて、「当店でも」と丸亀の魅力を訴求
素材へのこだわりを店内のポスターにして「国産小麦粉使用」を改めて強調。安心感と信頼感を高めている
素材へのこだわりを店内のポスターにして「国産小麦粉使用」を改めて強調。安心感と信頼感を高めている
指導を受けたスタッフが麺を粉から打って提供する店内製麺スタイルを、全店で採用。その魅力を普及、浸透させる
指導を受けたスタッフが麺を粉から打って提供する店内製麺スタイルを、全店で採用。その魅力を普及、浸透させる

感動をカギに回転率を上げる

うどんは、そばに比べて嗜好性が低く、味の違いをアピールするのは難しくないですか?

森岡氏 それは、「そば文化」が優勢な関東のかたの典型的な考えですね(笑)。うどんも、材料が小麦と塩と水のみという究極のシンプルさで、個性ある食感と味を作る。そこが讃岐うどんの奥深いところです。確かにそばは、いろんな含蓄が商売に結び付けられ、客単価の高いビジネスを編み出してきました。うどんを生業にする人は商売下手なところがあったかもしれない。それだけにブランディングのしがいがあります。

店づくりも改良されますか? 実際に店まで足を運んだ人が満足することも大切だと思いますが。

森岡氏 その通りです。私にとってブランドは、「感動体験」とほぼ同義です。丸亀のこれからを考えると、「出来たての感動」を店で体験していただくことが一番です。それを実現するには、店内のオペレーションの質を上げ、来店されたお客様が、うどんを食べることに感動できる環境を整えないといけないでしょう。そうすれば客の回転率が向上し、売り上げも良くなります。

回転率の向上とは、客の滞在時間を短くするということですか?

森岡氏 いいえ、うどんを注文してから食べるまでの時間を短くするということです。この時間が、短ければ短いほど、出来たての味を楽しめるわけですから。そのためにはレジでの計算が滞らないようにし、前の客が席を立ったら、すぐにテーブルをきれいにして、気持ちよく座っていただくなど、やるべきことがたくさんあります。実際、こうしたところで5秒、10秒と余計にかかった時間が積もり積もって、売り上げのロスにつながる。ただし回転率や効率を上げることを目的にしても、結果は伴いません。目的にすべきは、あくまでも感動です。お客様に喜んでいただければ、回転率や客単価は自然に付いてきます。経験則から言っても、おいしいと評判で、いつも活気がある店は、客があまり長居せずに、待っている人との間に連帯感みたいなものがあって、なるべく早く外に出ようとするじゃないですか。店舗動線と感動設計は、つまるところ同一のものなのですね。そして、その実現こそが、刀の仕事だと思っています。

必要なのは働く人の意識変革

注文時やレジでの待ち時間を短くするために、どんな対策をしますか?

森岡氏 分かりやすいメニュー作りは必要だと思っています。今は少し複雑なので、注文する品を決めるまでに時間がかかってしまう。選択肢は必要ですが、人は選択肢が多過ぎると苦痛を感じるものです。そしてよく分からないままに、焦りながら季節限定のセットメニューを頼み、想定したより高い金額を払うことになる。これは客にとってだけでなく店にとっても不幸です。

 大事なのは原点回帰。うどんの量や、釡揚げ、ぶっかけなどの食べ方、そして一緒に食べる天ぷらなどを自分好みにカスタマイズできるのが、讃岐うどんの良いところです。組み合わせ次第で、無数のメニューがある。その特徴を十二分に楽しんでいただくためにも、選びやすいメニュー作りは必須です。メニュー表を見やすい位置に配置することも忘れてはいけません。

 天ぷらの価格設定も見直した方がいいでしょう。今の基本メニューだと、種類によって110円から150円まで分かれていますが、そこまで細かく刻む必要があるのかは疑問です。選ぶときも値段がよく分からなくて不安だし、レジを打つ作業もそれだけ煩雑になるので時間がかかる。出来たてを早く食べていただくために、変えるべき点はいくらでもあります。大切なのは「出来たての感動」という1番目の目標。そのために必要ならば、それ以外は、全部変えても構わないのです。

スタッフの教育にも力を入れていく予定ですか?

森岡氏 一人ひとりの役割や技量を見直す前に、やるべきことがあります。店舗を「感動を発生させる装置」と見立てた場合に、スタッフや作業をどのように配置するのが最適なのかを見極めます。このような「実店舗経営システム」の構築は、USJ時代の飲食・物販店舗の試行錯誤で、強力なノウハウを開発してきました。さらにそれぞれのスタッフが「ブランドをつくる」、すなわち「感動をつくる」という自覚を持って、仕事に臨んでもらいたい。例えば、自分の役割は天ぷらを揚げてスペースに補充する作業ではなく、揚げたての天ぷらでお客様を感動させることだと誇りに思う従業員であれば、自然と「揚げたてで、おいしいですよ」と目の前のお客様に声を掛けたくなるはず。それが仕事というものです。

 それは会社全体にも言えることで、マーケティングが機能するための理想的な組織モデルは、「人体」だと私は信じています。脳の指令を神経が正しく手や足に伝えるから正確に動くのは、組織でも同じです。丸亀の社内では当初、変革に伴う戸惑いもあったでしょうが、最近は業績の回復とともに、社員の意識も統合されつつあります。

店舗を「感動発生装置」に変える

うどんへの理解を深める

2019年3月に「大人のための社会科見学会」を実施。参加者はミキシングや圧延など、こだわりの店内製麺を体験。大人を対象にした体験会は丸亀初の試みだ
2019年3月に「大人のための社会科見学会」を実施。参加者はミキシングや圧延など、こだわりの店内製麺を体験。大人を対象にした体験会は丸亀初の試みだ
店内で作った麺を、その場でゆで上げ、出来たての感動を届ける仕組みが丸亀のブランド資産
店内で作った麺を、その場でゆで上げ、出来たての感動を届ける仕組みが丸亀のブランド資産

「活気」をカギに回転率を上げる

カウンター上部にしか無かったメニュー表を入り口付近に掲示。分かりやすい見せ方も工夫
カウンター上部にしか無かったメニュー表を入り口付近に掲示。分かりやすい見せ方も工夫
うどんを注文し、トッピングする天ぷらなどを選びながらレジへと進む。出来たてを、いかに迅速に口にしてもらうか。今後、改善が進む
うどんを注文し、トッピングする天ぷらなどを選びながらレジへと進む。出来たてを、いかに迅速に口にしてもらうか。今後、改善が進む

ブランドの立て直しには、どのくらいの時間がかかりますか?

森岡氏 数年はかかるとみています。

うどんで世界を制覇する

森岡さんは以前から、小売業全般に高い関心を持たれていますね。

森岡氏 小売業界を変えたいと本気で思っています。丸亀製麺との協業は、この日本社会に有用な小売業の成功モデルを打ち立てることも意味しています。

 アマゾンに代表されるeコマース革命は、早くも次の経済革命を引き起こしています。価格、品ぞろえ、店までの距離によって、人が買い物をする場所を選ぶ時代は終わりました。この3つの価値だけで勝負している所は、すべて潰れるでしょう。では、それに変わる新しい価値は何か。私は、感動や体験、自己実現が軸になると考えます。人が欲しいのは、ものだけじゃない。小売業の実店舗は、リアルな体験を提供し、感動を発生させる装置に生まれ変わらないと、未来がありません。要はネットショッピングでは手に入れられない価値が、あるかどうかです。デジタルゲーム全盛の時代に、テーマパークに人が集まるのも、そこにリアルな感動や体験があるからです。

 玩具販売のトイザラスが米国で倒産したのは、この点に気付かなかったためです。日本では健闘されていますが、玩具と出合うときめきや感動をビジネスに取り入れれば、成功するはずです。

 このように新たな価値を定義してブランドにする技術があれば、まだまだ日本は元気になるということを、多くの経営者に知っていただきたい。

丸亀復活のカギを握るのが、「出来たての感動」だと強調されていたのも、まさにその理由からですね。

森岡氏 うどんは日本食の代表の一つ。つまり丸亀製麺の店でおいしいうどんを食べる体験は、クールジャパンそのものです。うどんは世界の麺のなかでも最大級の直径がありますから、他では得難い食感と味わいを提供できる。丸亀は既に海外に200店舗ほど展開していますが、さらなる拡大も難しいことではない。うどんが世界を制覇する日も遠くないと信じています。

丸亀製麺を運営するトリドールホールディングスの粟田貴也社長(左)と、マーケティング精鋭集団「刀」の森岡毅氏。2018年9月から正式にタッグを組み、本格復活を目指す
丸亀製麺を運営するトリドールホールディングスの粟田貴也社長(左)と、マーケティング精鋭集団「刀」の森岡毅氏。2018年9月から正式にタッグを組み、本格復活を目指す
著書『マーケティングとは組織革命である。』(日経BP)に書かれた人事システム化の内容が今後、丸亀復活に生きるという
著書『マーケティングとは組織革命である。』(日経BP)に書かれた人事システム化の内容が今後、丸亀復活に生きるという

(写真/大髙和康)

NIKKEI STYLE

16
この記事をいいね!する