ひらめきブックレビュー

地元愛で一大流通チェーン 「ゆめタウン」の成長物語 『ゆめタウンの男』

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広島や岡山に住む人はきっとなじみがあるだろう。「ゆめタウン」は西日本を中心に展開する総合スーパーマーケット(GMS)だ。2018年度の営業利益率は4.8パーセントと業界屈指の業績を収め、同年に発表されたセブン&アイ・ホールディングスとの業務提携も話題になった"小さな巨人"だ。

そんなゆめタウンの母体、イズミの軌跡をまとめたのが本書『ゆめタウンの男』。露天商から身を起こし、スーパー「イズミ」として成長して売上高7000億円を超える流通チェーンを築き上げた道のりを、創業者にして名誉会長である山西義政氏自らが語っている。

■時代の変化を探り当てた事業展開

山西氏の原点は戦後のヤミ市だ。終戦後復員した山西氏は、さまざまなものが売り買いされるヤミ市にエネルギーを感じた。そこで戦友を訪ね、干し柿を分けてもらい、故郷の広島で露店を開いた。これが飛ぶように売れたという。干し柿を手にした客の喜びの表情を目の当たりにした山西氏は、「商い」で人を喜ばせていこうと決意した。

昭和から令和の現在に至るまで、山西氏の経営モットーは「革新・挑戦・スピード」だという。1961年に広島市の堀川町の繁華街に、当時ではまだ珍しいセルフ型スーパーマーケット、いづみ(現イズミ)1号店を開いた。セルフサービスで買い物するという流行をいち早く見抜き、1号店は開店早々に入場規制をかけるほどの大盛況となった。

だがその勢いのまま進出した大阪の地では店が半年ほどで閉鎖となった。身の丈の経営の大事さを痛感したこの頃から、山西氏は特定の地域で集中的に店舗展開を行う「ドミナント戦略」を経営の主軸に据える。足元をしっかり固めて拡充し、「地域1番店」を目指すようになったのだ。

■ビール王を説き伏せる執念

時代の変化に寄り添う姿勢をもち、その地域で1番になる――このこだわりを貫くことが、いづみの生き残りのポイントだと著者は語る。立地や敷地面積、建物の規模から、品ぞろえ、空間構成など他店を圧倒するスケールとして「地域1番店」であり続けることが、いづみやゆめタウンの強みになったのだ。

地域1番への強いこだわりが表れているのが、いづみ1号店のアサヒビールからの土地買収のエピソードだ。いづみ1号店は増築しながら店舗を拡大していったが、どうしても買収できない土地があったという。アサヒビールの所有地だ。

繁華街の超一等地。アサヒビールが簡単に手放すはずがなかった。それでも山西氏は、「ビール王」と呼ばれた当時のアサヒビール社長・山本為三郎氏を訪ねる。はじめは取り付く島もなかったが、粘り強い交渉に山本氏も折れる。みごとその角地を取得したいづみ1号店のビルは、60年近くたった今も現役の商業ビルとして稼動している。

地域1番とは「その地域にとっていちばんいい場所に、一番大きな店を作る」ということだ。なお、その地域によって「いい場所」は異なる、と山西氏は語る。地元の人々の暮らしぶりや感覚を取り込んでこそ地域の1番。ゆめタウンの魅力の秘密も恐らくここにあるのだろう。

今回の評者=増岡麻子
情報工場エディター。住居・建築・インテリア関連のイベント、コンサルティング事業を展開する複合施設に勤務する傍ら、書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームでも活動。東京都出身。

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