ひらめきブックレビュー

イノベーションの大家が着目 アフリカ経済の可能性 『繁栄のパラドクス』

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今年2019年はソニーの初代ウォークマン「TPS-L2」発売から40周年に当たる。携帯音楽プレーヤーの先駆けであり、iPodなどのルーツともいえるウォークマンは世界的なヒット商品となり、「屋外でイヤホンを使って音楽を楽しむ」という新しい習慣を世界中に根づかせた。

ウォークマンは、「音楽を持ち運びたい」というニーズに応えて作られたのではない。ほとんどの消費者は、そんなニーズがあることにすら気づいていなかった。「潜在的ニーズに気づかない」「商品の存在を知らない」「経済的余裕がなくて買えない」といった理由で消費者がいない状態を、イノベーション研究の大家、クレイトン・M・クリステンセン氏は「無消費」と名づけた。

つまりウォークマンは無消費ゆえに存在しなかった市場を創造し、人々の音楽の楽しみ方や、音楽産業などに変革を起こした。このような変革をクリステンセン氏は「市場創造型イノベーション」と呼ぶ。

クリステンセン氏は現在、ハーバード・ビジネス・スクールのキム・B・クラーク記念講座教授。破壊的イノベーションの概念を提唱した『イノベーションのジレンマ』の著者として有名だ。同氏が主著者の本書『繁栄のパラドクス』(依田光江訳)では、主にアフリカ諸国の貧困の救済にスポットを当て、無消費と市場創造型イノベーションのパワーと可能性を論じている。

■事業に付随するインフラ整備や人材育成が「繁栄」に貢献

市場創造型イノベーションの典型として著者が挙げるのが、1998年にアフリカ初の携帯電話会社セルテルを設立したモ・イブラヒム氏の事例だ。当時のサハラ砂漠以南のアフリカにはモバイル通信網はほとんどなく、あったとしても高価な携帯電話は貧困にあえぐ現地の庶民には無縁だった。

イブラヒム氏は、「遠く離れた親といつでも話ができる」といったメリットを現地の人々にアピールするとともに、モバイル通信網をはじめ、電力や物流などのインフラを自ら整備していった。また現地で従業員を雇い、教育や医療も充実させた。

結果としてセルテルは、設立からわずか6年でアフリカ13カ国で携帯電話業務を展開、520万人もの利用者を獲得する。その過程で前述のように各種インフラや教育、医療などが整備されたことで、アフリカは以前よりも繁栄することになった。

同様のケースは、戦後の日本でも起きた。高度成長期以降、日本が繁栄を謳歌(おうか)できているのは、今のように巨大企業ではなかったトヨタ自動車やソニーといった会社が、無消費から市場を創造し、数々のイノベーションと、それに付随するインフラや人材育成を行ってきたことも一因だろう。

本書を参考に、今後の日本企業が再び繁栄するために、どのような無消費を生かせるか、市場創造型イノベーションの可能性があるかを、考えてみてはいかがだろうか。

今回の評者=吉川清史
情報工場SERENDIP編集部チーフエディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の選書、コンテンツ制作・編集に携わる。大学受験雑誌・書籍の編集者、高等教育専門誌編集長などを経て2007年から現職。東京都出身。早大卒。

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