ひらめきブックレビュー

火星移住が前提 イーロン・マスク、脱石油と「狂気」 『INSANE MODE インセイン・モード』

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最近の異常気象から「将来の地球はどうなってしまうのだろう」と危機感を覚える人は少なくないだろう。気候変動という地球規模の課題に対し、私たちが身近なところからできることはたくさんある。その一方で、人類を待ち受ける未来への、途方もないスケールの夢を抱き、それを実現させるビジネスを、常人の域を超えた実行力で前進させる人物がいる。イーロン・マスク氏だ。

「スペースX」「テスラ」の共同創業者として知られるマスク氏の夢は「人類を火星に移住させること」だという。いや、彼の中では夢どころではない。実行目標や計画のレベルなのだろう。

だが、火星移住が可能になるまでに、気候変動で人類が滅んでしまってはいけない。そこでマスク氏は、テスラで高性能のEV(電気自動車)を開発して排ガスによる地球温暖化を食い止めるとともに、太陽光パネルの生産を行い、再生可能エネルギーの普及に努めている。

本書『INSANE MODE インセイン・モード』(松本剛史訳)は、テスラとイーロン・マスク氏による、EV開発を中心とする飽くなき挑戦を描くノンフィクション。著者のヘイミッシュ・マッケンジー氏は、かつてテスラにも所属し、出版スタートアップ企業Substackの共同創業者でもあるジャーナリストだ。

書名の「インセイン・モード」とは、テスラが2014年モデルとして発売したモデルS「P85D」に搭載された走行モードで、まさにインセイン(狂気)としか言いようがない過激な加速スピードを実現した。本書では、マスク氏がテスラでめざす「EV革命」のスピードを、このインセイン・モードという言葉に引っかけていると思われる。

■自社開発のEV特許を誰でも使えるようにする

著者によるとマスク氏のテスラでの目標は、単なるビジネスの成功ではなく、前述のように「人類を救うこと」である。

そのため自社の利益よりも、全世界へのEVの普及が優先される。そのためにマスク氏は、2014年にテスラの特許を開放し、悪用でない限り、他のメーカーが自由に使えるようにしている。

ロードスター、モデルS、モデルX、モデル3と、次々に革新的なEVを発表するテスラに触発されて、中国でもEVスタートアップが急増しているそうだ。著者は、こうした中国の動きを「テスラの長期的展望」に欠かせないものと論じている。世界最大の市場でEVが普及しなければ、マスク氏の野望に影がさしてしまうというのだ。

さらに、充電のためのインフラが足りない、といったEVにつきまとう批判に応えるべく、マスク氏はいち早く全米を横断する充電スタンド「スーパーチャージャー」のネットワークを完成させる。そして、その利便性を証明するために、ネットワーク完成のわずか数日後にロサンゼルスからニューヨークまで「クロスカントリーラリー」を敢行する。

そんな心躍るエピソードが満載の本書。一読すれば、マスク氏の「超」がつくほどの俯瞰(ふかん)的で"インセイン"な視点に、一歩でも近づけるかもしれない。

今回の評者 = 吉川 清史
情報工場SERENDIP編集部チーフエディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の選書、コンテンツ制作・編集に携わる。大学受験雑誌・書籍の編集者、高等教育専門誌編集長などを経て2007年から現職。東京都出身。早大卒。

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