スターバックスでレトロを取り入れたプロモーションがスタートした。その名も「スタアバックス珈琲」。客層拡大やSNS活用など、1カ月の期間限定で行われるこの企画から他社も学ぶべき点は多い。専門家も「今がブーム」と断言。“スタバ流”レトロマーケティングとその成功要因を探った。

どこか懐かしさを感じさせる「スタアバックス珈琲」の商品
どこか懐かしさを感じさせる「スタアバックス珈琲」の商品

過去をリスペクトし、楽しい記憶と印象を残したい

 スターバックス コーヒージャパンは、2019年5月15日から6月18日までの期間限定で、「スタアバックス珈琲」というプロモーションを実施している。昔懐かしいプリンアラモードをアレンジした「プリン アラモード フラペチーノ」や、「珈琲ゼリーケーキ」「ホットサンド ハムエッグ」などの限定商品を展開。定番商品の「コールドブリュー コーヒー」は「水出し珈琲」と名前を変え、ドリップコーヒーにはホイップクリームをトッピングして「ウインナー珈琲」として提供する。

 洗練されたイメージのあるスターバックスが、なぜ今、あえてレトロを取り入れたのか。その理由をスターバックス コーヒージャパンCMOの森井久恵氏は次のように説明する。

 「改元で新しい時代を迎えるに当たり、スターバックスらしく過去をリスペクトし、お客様に楽しい記憶と共に印象を残したいというのが狙い。各メディアで過去を振り返る特集が組まれており、スターバックスのお客様にも、そのきっかけを与えられたらと思う。若者の間でもレトロを今っぽく楽しむのがブームなので、そこにも着目した」(森井氏)

 20~30代の若い層に人気のスターバックスは、今回の企画を通してより幅広い、上の年代にも訪れてもらいたいと考えている。売り上げは好調に推移しているとのことで、訪れた店舗ではどの層も、レトロな雰囲気を楽しんでいるようだった。

 今回、スターバックスの象徴であるサイレンのマークを使わない、レトロな看板をイメージしたロゴも登場。このロゴを入れた看板を、全国20カ所に設置している。「探す楽しさを提供したい」(森井氏)という理由から、掲出する店舗を限定した。

 「選んだ基準は、探しやすさを考慮して全国の主要都市というのが1つ。さらにブランニューレトロを感じられて、その地域を象徴するような店ということで、『リージョナル ランドマーク ストア』の中からも選んでいる」と森井氏。「リージョナル ランドマーク ストア」とは、日本の各地域の象徴となるような場所にある、特別な外装や内装を施した店舗のこと。例えば「京都宇治平等院表参道店」や「太宰府天満宮表参道店」などがそれに当たる。

探す楽しさを提供したいという理由から、レトロな看板を掲出する店舗を限定した(写真提供/スターバックス コーヒージャパン)
探す楽しさを提供したいという理由から、レトロな看板を掲出する店舗を限定した(写真提供/スターバックス コーヒージャパン)

SNS投稿ではレトロを楽しむ写真が多い

 商品に対するこだわりも強く、昔懐かしい純喫茶の雰囲気を知っている人が、当時を思い起こすような工夫を施している。例えば「水出し珈琲」や「ウインナー珈琲」は懐かしさを感じさせる。「プリン アラモード フラペチーノ」は比較的若い層を狙っており、デザート感にもこだわった。どの年齢層のお客が来ても、懐かしさや新しさを感じさせるラインアップとなっている。

プリンアラモードの象徴ともいえる真っ赤なチェリーは開発者のこだわり。全国に約1400店舗もあるスターバックスで提供するため、調達部門が頑張ったそうだ
プリンアラモードの象徴ともいえる真っ赤なチェリーは開発者のこだわり。全国に約1400店舗もあるスターバックスで提供するため、調達部門が頑張ったそうだ

 普段から顧客によるSNSへの投稿が多いスターバックスだが、今回は特に成功しているようだ。SNS戦略に関して、これまでのスターバックスの期間限定商品との違いを森井氏はこう話す。

 「集客の戦略はSNSが主軸。今回は特に『スタアバックス珈琲』という、テーマそのものを話題にして、世界観を伝えることに力を入れた。商品情報を押し出すよりも、『スタアバックス珈琲に来て、こんな雰囲気を味わってみませんか』『こんな気分になってみませんか』と、スタイル提案をしている」(森井氏)

 いつもは主力製品の投稿が多いそうだが、今回は狙い通り主力商品と看板をいっしょに撮るなど、レトロな世界観を表した写真が多く見られる。食べ物の投稿も他のキャンペーン時より多いという。

世界観を徹底するためロゴ入りの紙袋を作成
世界観を徹底するためロゴ入りの紙袋を作成
紙ナプキンもロゴを入れるほどのこだわり
紙ナプキンもロゴを入れるほどのこだわり

 SNSに投稿された内容は、社員が細かく見ているそうだ。

 「毎回必ず学びがある。例えば、売れたが味へのコメントが弱かったり、欠品でお叱りのコメントを受けたり。製品開発や調達に関する声も拾い上げるようにしている。SNSの分析を外部に任せてリポートしてもらうことはほとんどやっておらず、1つ1つの投稿を見て、次に生かすようにしている」(森井氏)

 認知が広がってきている「スタアバックス珈琲」を1カ月限定にするのは、ややもったいない印象を受ける。しかしそこにはスターバックスの理念がある。より多くの顧客に驚き(サプライズ)と楽しみ(ディライト)を届けるため、期間を区切る。店舗を訪れたときに、常に新しい楽しさを得てほしいという思いが秘められている。

先進的なイメージだからこそ「レトロ」で勝負した

 今回の企画に限らず、スターバックスではマーケティング調査はあまりしないとのこと。

 「皆でマーケットに出て実際に感じたことを持ち帰って話し合い、時代の雰囲気を取り入れて波に乗るためにはどんなサービスを作り上げたらよいか、アイデアを出し合っている。ビバレッジ担当やフード担当もそれぞれトレンドを見に行くし、コミュニケーションを担当するチームはどんなツールを使うかなどを考える。マーケティングのチーム以外も巻き込んで、世の中の感覚やお客様に味わっていただきたい雰囲気をすごく大事にしている。それが決まってから、実際にエグゼキューション(実施)に落とし込んでいく」(森井氏)

 この企画の準備を始めたのは18年10月。企画会議ではさまざまな段階で議論が起きたという。今回の企画の成功を森井氏はこう分析する。

 「スターバックスに対して先進的なイメージを持っている方も多いなかで、あえて『レトロ』で勝負ができたのが良かった。『スタアバックス珈琲』と呼び名を変えて、ロゴを変え、紙ナプキンや紙袋まで作ってとことんやれたことが大きい」(森井氏)

渋谷で配布されたチラシの一部。きれいな実物の写真を使うだけではなく、レトロな雰囲気が伝わるような柔らかいイラストにしたのもこだわりの1つ(現在は配布を終了)
渋谷で配布されたチラシの一部。きれいな実物の写真を使うだけではなく、レトロな雰囲気が伝わるような柔らかいイラストにしたのもこだわりの1つ(現在は配布を終了)

企業が「レトロ」をマーケティング施策にするメリット

 「レトロ」をマーケティングにうまく取り入れたスターバックス。そもそもレトロブームはなぜ起こっているのか、世代・トレンド評論家の牛窪恵氏に話を聞いた。

 「近年のレトロブームが始まったのは2017年ごろから。16年8月に、ときの天皇陛下が生前退位に向けたお気持ちを表明され、その頃からマスコミでは平成や昭和はどんな時代だったのかを振り返る特集が増えた」(牛窪氏)

 牛窪氏によると、レトロブームの中心は20~30代半ばの人たちとのこと。彼らはバブルを知らない世代で、エコ、リサイクル、リノベーションなどに引かれる傾向にある。「映画『ALWAYS三丁目の夕日』のような昭和の世界観に憧れがあり、古き良き家族像や、古いものを大事にする考え方と親和性が高いため、レトロブームが起きている」と牛窪氏は分析する。

 菓子や飲料などのパッケージをリバイバルして販売する企業も多い。マーケティングにレトロを利用するメリットはどこにあるのか。

 「まず、20~30代は昭和への憧れがあるため若い層に訴求できる。さらに二世代、三世代をターゲットにできる。現在、結婚するまで親と同居している人が、男女平均で約75%もいるというデータもある(※)。そうなると、世代を超えた消費や口コミが菓子や飲料などでも起こってくる。コミュニケーションのきっかけや話のネタにならないと物を買わなくなってきているが、レトロなパッケージの菓子なら、親や祖父母との『こんなのあったよ』という会話のきっかけになりやすい。若い世代をフックに、世代を横断するコミュニケーションが起きている」(牛窪氏)

※出典/国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査(独身者調査ならびに夫婦調査)」第15回(2015年)報告書

「懐かしい」という感覚は、五感と直結している

 牛窪氏は「レトロをマーケティングに活用するなら今がチャンス」と指摘する。

 現在、日本の人口のボリュームゾーンは70~75歳の団塊の世代。この層はまだまだ元気で時間もあり、大半はそれなりに年金をもらっている。しかし、彼らが後期高齢者になり介護年齢に差し掛かってくると、将来を考えてお金を使わなくなり、体力的に外出も減ってくると予想される。そのため、レトロを打ち出すなら今のタイミングが良いという牛窪氏の見方もうなずける。特に飲食店やカフェは、オフィス街以外でシニア層を呼び込むのが狙い目という。

 「働き方改革でテレワークが普及すると、家の近くで仕事ができるように住宅街のカフェや飲食店のニーズが高まるはず。しかしオフィス街の店舗と違って、サラリーマンやOLだけでは埋まりにくく、主婦の方をメインターゲットにすると価格帯を下げる必要がある。時間に余裕があって頻繁に来てくれそうな層はというと、実はシニア層ではないか。気に入った店には通い続けるのもシニアの傾向なので、ターゲットにしたい企業も多いだろう」(牛窪氏)

 レトロをマーケティングに使う場合、効果の高そうな業界についても聞いてみた。

 「懐かしい」という感覚は、五感と直結していると牛窪氏は考える。例えば音楽業界では、往年のヒット曲を集めたコンピレーションアルバムやカセットテープ、レコードブームなど、機器を含めてレトロが流行している。飲食業界なら、純喫茶のコーヒーの香りや店の雰囲気、昔から変わらない味など、思い出と結び付きやすい。銭湯がブームなのも、あのざわざわした雰囲気や風呂おけの音など、昔を想起させるものであふれているからだ。

 そこに行ったことがない若い世代は、インスタグラムなどのSNSで普段目にしている物とは違うため違和感があり、「何だこれ?」と印象に残って認知度が上がりやすいと考えられる。だからこそ、ただ懐かしい体験と結び付かせるだけでなく、「映(ば)え」の要素も重要になっているそうだ。「スタアバックス珈琲」がSNSで成功した理由もそこにあると、牛窪氏は見ている。

 「人々がSNSに投稿するタイミングは、家や電車やカフェなど、気持ちがゆったりしているときが多い。スターバックスはそれに適しているし、スタアバックス珈琲のメニューには投稿しやすい工夫がちりばめられている。例えばホームページの『プリン アラモード フラペチーノ』の紹介では、真っ赤なチェリーやミックスフルーツジェリーなど、細かく分解した説明が書いてある。これによってお客は体験してみたくなる。そして食べてみたときに、実際はどうだったのかを投稿したくなる」(牛窪氏)

 ただ「おいしかった」という印象を残すのではなく、ネタになる仕掛けや要素を入れておくことが大切なようだ。

 「平成が終わることが分かった時点で、マスコミがどんな番組を作るのか、どういう捉え方で報道をするかをしっかり分析ができていれば、『振り返る』ことがテーマになるのは予想ができたはず」と牛窪さんは話す。多くの企業や店舗が、新元号をどう取り入れるかを考えていたときに、スターバックスは「振り返る」準備を始めていたわけだ。

 “改元効果”がまだ効いているなら、しばらくレトロブームは続くだろう。しかしマーケティング施策として展開するならその効果が切れる前、なるべく早い段階で実施したほうが良さそうだ。今のタイミングで打ち出したスターバックスの「スタアバックス珈琲」は、レトロマーケティングの好手と言えるだろう。

(写真/梶塚美帆、写真提供/スターバックスコーヒージャパン)

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