ひらめきブックレビュー

「居心地悪さ」が子を伸ばす グローバル時代の教育法 『わが子を「居心地の悪い場所」に送り出せ』

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テクノロジーの革新、グーグルやアマゾン・ドット・コムなど世界をまたいだ事業を展開する企業の拡大により、私たちの日常は無意識のうちにグローバルな社会に組み込まれている。本書『わが子を「居心地の悪い場所」に送り出せ』は、わが子とともに大人がこれからの多様な社会で生き抜くための指南書だ。

慣れ親しんだ場所は、居心地が良く快適だ。対して、未知で異質な場は想定外の事柄に直面するリスクが高く不安がつきまとう。だが変化への耐性が強まれば、不測の事態にも適応できる力が身につく。つまりこれから注目すべきは「居心地の悪い場所」の方だと、著者の小笠原泰氏は説いている。

小笠原氏は明治大学国際日本学部教授。フランスのトゥールーズ第1大学客員教授や、フォルクスワーゲンなど海外企業での豊富な勤務経験をもつ。

■「分かり合えない」が前提のコミュニケーションを

グローバルな社会で生きるには、時代に沿った思想や文化を吸収するなど、常に変化しつづけることが重要である。しかし、日本人は変化を嫌う上に、同調圧力が強い。議論の場でも全員一致の意見が望ましいと考える、と著者は指摘している。

こうした日本人の性質が如実に表れているのがコミュニケーションのあり方だ。コミュニケーションの本来的な意味とは「対話」だという。つまり明示的な相互確認という意味合いが強いが、日本人はコミュニケーションを「心の通じ合い」と捉えがちだ。したがって「察すること」や「おもんぱかること」が重視され、非対話的になりやすい。

日本人のコミュニケーションがなぜ心の通じ合いを目指すのか。それは誠意を尽くせば「分かり合える」という前提があるからだ、というのが著者の見立てである。だが、多様化社会では異なる意見や価値観があって当然であり、「分かり合えない」ことが前提となっている。分かり合いを求めるのではなく"理解できない価値観"を共有しあい、お互いの許容のために考え抜くことが、グローバル社会では重要なのだ。

■問いをもち、模索することが人間を鍛える

ところで、わが子を送り出すべき「居心地の悪い場所」とは、具体的にどこなのか。著者は一例として「日本人と一緒にいない時間を過ごさざるを得ない環境」を挙げる。例えば海外留学。もちろん、単に海外で暮らすだけでは効果はない。留学生活で重要となるキーワードとしては「リスクと向き合う」「競争する」「不自由に暮らす」「多様性の中に身を置く」「自分で決める」ことなどが列挙されている。

「楽な生き方」に流れることを避けて、あえてこうした状況に身を投げ出すことで「考える習慣」が養われる。著者は考える習慣を育むいくつかのヒントを提示している。例えば、人との議論の前に「あなたの前提は何か」と問う、人から何かを言われた場合には「なぜそう言うのか」背景を推測する、などだ。そうした思考の繰り返しが、多様化する社会を生き抜く力となり得るのだ。

これからの時代を生きるヒントを与えてくれる本書。厳しいメッセージの裏に強いエールのこもった一冊だ。

今回の評者=増岡麻子
情報工場エディター。住居・建築・インテリア関連のイベント、コンサルティング事業を展開する複合施設に勤務する傍ら、書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームでも活動。東京都出身。

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