ひらめきブックレビュー

高齢者の「学び」はナンセンス 発信こそが元気の源泉 『「人生100年」老年格差』

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「人生100年時代」。最近よく聞くこの言葉に、どんなイメージを抱いているだろうか。いつまでも若々しく働き続け、多方面で活躍する――そんな高齢者像を思い描く人も多いかもしれない。しかし、「老いと闘うことには限界がある」と主張するのが本書『「人生100年」老年格差』だ。著者は30年以上、高齢者医療の現場に携わっている精神科医。

医療技術の発展により日本人の平均寿命は延び、高齢者の若返りも見られる。iPS細胞の研究などが進めば、さまざまな病気も克服されるようになるだろう。だが、脳だけは技術革新の恩恵を享受するのが難しい臓器だと著者は見なしている。そのため、身体の他の臓器をいくら若返らせたとしても、少なくともこの先しばらくは、脳の寿命がボトルネックになるというのだ。つまりいつまでも若々しく積極的に働こうと考えても、「老いとの闘い」にはどこかで限界が来る。

著者はそうした認識に立ち、70代後半くらいまでは若々しくいられるよう努力し、それ以降は老いを受け入れて生きる姿勢が重要ではないか、と投げかけている。定年延長に象徴されるように、「生涯現役」を標榜する現代の風潮は、行き過ぎると危険だ。「働けない高齢者は生産性がない」と見なされてしまう恐れがある、と指摘する。

■「歳をとっても学び続ける」のはナンセンス

では、老いと向き合い生きていくためにはどうすればよいのか。著者いわく、ある程度歳をとったら、新しいことを学び続ける「インプット」より、これまで集積してきた知識を「アウトプット」する姿勢が大事だという。

知識の豊富さを競っても、若い人のインターネットを駆使する力には到底及ばないだろう。しかし、高齢者には長年の人生経験がある。その過程で得た知恵を抽出し、組み合わせ、一つの独自の発想として創造すること、つまり「加工する力」があれば、高齢者ならではの存在感を発揮できる。具体的には、「自分の体験を語る力」を磨くこと。そして「聞く力」を高め、自分の体験の何が他世代に役に立つのかを捉えるのだ。

本書では山田洋次やクリント・イーストウッドなどの映画監督を例に挙げ、高齢になっても活躍するヒントを探っている。彼らに共通しているのは、年齢的な衰えがあっても、「何を描きたいのか」という思いや強い"こだわり"を持ち続けていることだ。映画監督だけでなく、今後は多くの仕事においてもビジョンの部分が重要になってくるに違いない、と説く。

決して免れられない脳の老化。だが老いを受け入れた先に、進むべき道もあるようだ。本書を参考に、今から備えておきたい。

今回の評者=皆本類
情報工場エディター。女性誌のインタビューから経済誌の書評欄まで、幅広いテーマの取材・執筆に携わる。近年は、広告・PRプランナーとして消費者インサイトの発掘や地方若者議会の「広報力養成講座」の講師も。

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