大掛かりな再開発でありながら、収益化を狙わないという異色のプロジェクトが、JR立川駅(東京都立川市)の近くで着々と進んでいる。緑と水辺を大胆に配したランドスケープデザインと、個性的なエンタメホール、ホテル、商業施設の数々。「100年先の立川」に向け、地元の不動産会社が大勝負に出た。

東京・立川駅の北側に2020年4月、「GREEN SPRINGS」という名の新街区がオープンする
東京・立川駅の北側に2020年4月、「GREEN SPRINGS」という名の新街区がオープンする

 伊勢丹や高島屋、ルミネ、IKEAなど、大型商業施設が集積し、家電量販店が立ち並ぶ。東京・多摩地区の一大ターミナル、JR立川駅の北側で、大規模な再開発が動き出した。

 約3万9000平方メートルに及ぶ広大な敷地は2020年4月、新街区「GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)」として、街開きする。一大事業を担うのは、立飛ホールディングス。立川市のほぼ中央に約98万平方メートル、東京ドーム21個分に相当する土地を持つ、地場の不動産会社だ。

 15年12月には三井不動産と共同で大型商業施設「ららぽーと立川立飛」を開業。人工砂浜を備え、年中南国気分が味わえる「タチヒビーチ」や、男子プロバスケットボール・Bリーグの強豪、アルバルク東京が本拠地とする「アリーナ立川立飛」など、立川市内で数多くのプロジェクトに携わってきた。目下、市の面積の25分の1を管理する、名実共に“立川の大家”だが、そもそもの前身は、軍用機メーカーだった。

 1924年11月、石川島飛行機製作所として創業し、東京・月島に工場を構えた。30年に工場を立川に移転し、36年に立川飛行機と改名した。

 「赤とんぼ」の愛称で知られる九五式一型練習機など、約50機種1万機弱もの飛行機を製造した一大航空機メーカーだったが、終戦後、立川の製造工場はGHQ(連合国軍総司令部)に接収。76年に全面返還を受けたのを機に、同工場を中心に保有する土地や建物を生かして、不動産業界に転じた経緯がある。

 新街区「GREEN SPRINGS」は、JR立川駅北口から徒歩8分の「みどり地区」に広がる。西側は昭和記念公園に隣接し、東側は多摩都市モノレールと並走する目抜き通り「サンサンロード」に面する“立川最後の一等地”と評された元国有地だ。

新街区は、昭和記念公園とサンサンロードの間にある約3万9000平方メートルの敷地にある
新街区は、昭和記念公園とサンサンロードの間にある約3万9000平方メートルの敷地にある

 立川駅は、JR中央線の中央特快に乗れば、新宿駅から30分とかからない。東京都心からさほど遠くない駅近に、都市と自然、双方の醍醐味が味わえる広大な敷地が広がっている。立飛ホールディングスは、ここに最大のポテンシャルがあると見て、15年2月に落札。同年7月に開発を担う子会社、立飛ストラテジーラボを設立し、18年2月、着工にこぎ着けた。

 計画では、街区の中央に1万平方メートルの緑の広場を設け、その周りに9棟の建物を新設する。多摩地区最大のエンタメホール「TACHIKAWA STAGE GARDEN」や、デザイン性の高いホテル「SORANO HOTEL」、ショップやレストラン、オフィスが集まり、多摩信用金庫が本店・本部をここに移転する予定だ。20年4月、エンタメホールのこけら落とし公演を皮切りに、順次開業していく。

 「地元で不動産業を営んでいる私たちにとって、非常に責任のある案件。グループ全社を挙げ、立川市のにぎわいとやすらぎに向かって、しっかりと責任を果たしていきたい」。立飛ホールディングスの村山正道社長は、そう使命感を口にする。

「次の100年」へ街を強くする

 全国各地で進む再開発と大きく異なるのは、「グリーンスプリングスだけで不動産収益を上げていくことを主目的にしていない」(立飛ストラテジーラボの執行役員戦略企画本部長、横山友之氏)と言い切っていることにある。

 街区の目玉になるのが、エンタメホールだ。そもそも収益を上げることを目的とするなら、こうした公共施設は投資効率が悪い。しかし、街の未来を考えたとき、エンターテインメントやカルチャーを発信できる場所は必須だと考えた。

 「TACHIKAWA STAGE GARDEN」と、名前にステージを盛り込んだのも、多様なコンテンツを発信する舞台でありたいという思いからだ。音楽一つをとっても、ポップス、ロック、EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)、クラシック、ジャズ、アニメソング、伝統芸能と、幅広く受け入れ、ゆくゆくは、立川を「音楽を好きになる街」にしたい、との展望を描く。

ホールは24時間365日対応。音楽ライブはもちろん、展示会にも使える
ホールは24時間365日対応。音楽ライブはもちろん、展示会にも使える

 客席の一部を撤去すれば、展示会にも使え、国際会議やイベントとしての利用も見込む。さらに、「アニメを舞台化した2.5次アニメや、ドラゴンクエストのようなゲーム音楽を題材にした本格オーケストラなど、新たなプログラムの受け皿にもなりたい」と横山氏は意欲を示す。

 ホールは街区の入り口にあり、エントランスは、門のような形をしている。屋内に2448席、屋外に628席を配する予定で、実は、2階席の後方を開放すると、屋内外のステージがつながり、一体的に使えるというユニークな構造を持つ。

ホールのエントランスは、門のようなデザイン。内外のステージを一体化させ、外からステージの様子が見えるようにもできる
ホールのエントランスは、門のようなデザイン。内外のステージを一体化させ、外からステージの様子が見えるようにもできる

 さらに、屋上も開放する。かつてこの地にあった飛行場の滑走路をモチーフにした、全長約120メートルの階段状のスロープ「カスケード」が屋上まで延びる。スロープを流れる水の音を聞きながら歩みを進めると、昭和記念公園はもちろん、富士山まで一望できるほど視界が開けるという。

 このホールは、イベントがない日も開放する予定で、「登れる」「のぞける」「入れる」と三拍子そろった、変幻自在の“日本一開かれたホール”として、立川に新たなにぎわいを呼び込む構えだ。

エンタメホールの屋上には、緩やかなスロープを伝って登れるようにした
エンタメホールの屋上には、緩やかなスロープを伝って登れるようにした

 なぜ、こうした開発を急ぐのか。立飛ホールディングスは、前身から数えて95年の歴史を歩んできた。「次の100年も、ここ立川でと考えたとき、やはり街が強くないと、我々も事業を続けられない。街の活力が高まり、街としてのブランド力が高まり、その結果としてこの街の発展に貢献する。そういう街づくりを目指している」(横山氏)。

 東京オリンピック・パラリンピックを控え、東京内でも都市間競争が過熱する中、立川らしい個性を持った、魅力的な街づくりをすることが、回り回って将来の事業の種になると判断した。つまり、今回の新街区は、目先の収益を確保するためでなく、次の100年を切り開くための再開発だと、割り切ったのだ。

「X」に込めたメッセージ

 特徴的なのは、アルファベットのXを描くように、街区の中央で交差する街路である。このXには実にさまざまな意味を持たせている。

新街区の街路は、Xの字を描いている。1万平方メートルの中央広場を囲むように、建物が立ち並ぶ
新街区の街路は、Xの字を描いている。1万平方メートルの中央広場を囲むように、建物が立ち並ぶ

 駅前から続く立川の都心軸と、昭和記念公園という緑あふれる自然軸が交差する結節点であることを表現しただけでなく、「産業、観光、経済、文化、エンターテインメントなど、あらゆる領域が、この街区で交差する。(都心と奥多摩の中間点である立川から)都市と自然の在り方を見直す、未来に向けた交点でありたい」(横山氏)。

 空へと飛び立つ戦闘機を製造し、世界に最先端の技術を発信していた自社の歴史も踏まえ、この緑あふれる大地に根差し、未来に向けてこの街区からまた飛び立ちたいという願いも込めた。出来上がった街区のコンセプトは「空と大地と人がつながる、ウェルビーイングタウン」。ウェルビーイングとは、心身ともに健康的で心地よい、人間らしい暮らしのことを指す。

ロゴマークを掲げる立飛ホールディングスの村山正道社長(中央)、立飛ストラテジーラボの橋本浩取締役(左)と横山友之執行役員戦略企画本部長(右)。Xの形をモチーフに、空と大地を表すブルーとグリーンを配した
ロゴマークを掲げる立飛ホールディングスの村山正道社長(中央)、立飛ストラテジーラボの橋本浩取締役(左)と横山友之執行役員戦略企画本部長(右)。Xの形をモチーフに、空と大地を表すブルーとグリーンを配した

 まだ適切な日本語訳がない、この新たな概念に着目したのは「働いて、働いて、出世してという生き方よりも、自分の人生をトータルでどう楽しくするか、と考える新しいライフスタイルが今後ますます広がる」(横山氏)と見たからだ。

 隣に公園がありながら、街区内に約500本の木々を植え、広大な緑の広場を設けるのも「人にとってやさしい、居心地のいい環境をつくろうと思ったとき、街区の中にも、緑や水辺をふんだんに配するのが、必要だと思ったから」(横山氏)。

 新しい概念を旗印にして時代を先取りし、他の再開発との差別化を図りたいという思惑もある。言葉では表現が難しい「心地よい暮らし」を、うまくデザインに落とし込むべく、多方面のクリエーターに協力を仰いだ。

 マスターデザイナーには、東京ミッドタウンや柏の葉ゲートスクエア、札幌の赤れんがテラスなどを手掛けた清水卓氏を起用。自然環境と都市環境をシームレスにつなぐ「まちの縁側」となることを意識し、地元の多摩産材を多用するなどした。ランドスケープデザインは、二子玉川ライズなどで知られる平賀達也氏が担当し、緑と水のつながりで心地よい開放感を表現した。

 街区内には、低層の商業施設棟も設ける。床面積は約1万1000平方メートルで、中央広場やサンサンロードに面して約40店を集める計画だ。こちらも収益化を考えると、床を積んでいくほうが望ましいが、あえてそうしなかった。

 「床を積めば積むほど、空気の通りが悪くなって、空も閉じていく」(横山氏)。立川駅前には商業施設が集中しており、物を買うというニーズはかなり充足されているとの見立てから、テナントも、飲食や体験型の店舗に特化する。

都心から30分の「ウェルビーイング・ホテル」

 ホテルのキャッチフレーズも、「ウェルビーイング・ショートトリップ」とした。ロビーは、大きなテントのような形をしており、昭和記念公園の緑へとつながる。新宿駅から30分。まさに、キャンプをする感覚で、非日常を体感できる小旅行を打ち出していく。

ロビーは大きなテントをモチーフにしたデザイン。昭和記念公園の緑を借景にしている
ロビーは大きなテントをモチーフにしたデザイン。昭和記念公園の緑を借景にしている

 全81室の客室は、すべて50平方メートル以上で、バルコニー付き。客室数を絞ったのも「100室未満でやることに意味があると思ったから。ばんばん泊まってほしいというよりは、凝縮された、高付加価値のサービスをきちんと提供していきたい」(横山氏)。目標は、観光都市というイメージが薄い立川で、泊まることが目的となるホテルをつくること。19年9月から宿泊予約を始めるが、決して安売りはしない考えだ。

「SORANO HOTEL」の外観イメージ
「SORANO HOTEL」の外観イメージ

 そのためにデザインも尖らせた。内装デザインを担ったのは、フランス出身のデザイナー、グエナエル・ニコラ(Gwenael Nicolas)氏。東京・銀座の「GINZA SIX」や、ドルチェ&ガッバーナの青山店、ミラノ店、ロンドン店、高級レストラン「Jean-Georges(ジャン・ジョルジュ)」の東京店、ドバイ店など、数々のラグジュアリーショップを手掛けてきた。

 圧巻は、このホテルのために掘削したという天然温泉をくみ上げた「SORANO SPA(仮称)」。10階と屋上(11階)の2フロアにまたがり、屋上にはルーフトップバーを併設した全長60メートルのインフィニティースパを設置。10階にも、温浴施設やサウナ、ジムを設ける。「SORANO HOTEL」という名の通り、立川の空と大地の広さを体感できる大胆な空間に仕上げる。

屋上には長さ60メートルのインフィニティースパを設ける
屋上には長さ60メートルのインフィニティースパを設ける
10階にも温浴施設やサウナ、ジムを展開する予定だ
10階にも温浴施設やサウナ、ジムを展開する予定だ

タウンマネジメントでコミュニティーを育てる

 ウェルビーイングを掲げ、いくら居心地のいい街をつくったとしても、そこにコミュニティーが生まれなければ、絵に描いた餅で終わる。そこで、立飛ホールディングスは、街区のオープンに先立ち、タウンマネジメントにも力を入れることにした。

 その一つが、「立飛パブリックアートアワード2020」だ。コンセプトは、滑走路。かつてこの地から多くの飛行機が飛び立ったように、立川から世界へ、新たな才能を羽ばたかせるアートの祭典に育てる。

 第1弾として、40歳未満の若手作家を対象に街区を彩る作品のアイデアを募ったところ、日本を含む12カ国から125件の作品が集まった。今後、審査を経て、20年4月の街開きとともに公開する。

 高層ビルを林立させるという、近年主流の再開発とは真逆を行くアプローチは、実を結ぶのか。「東京の西のエリアに、すごくウェルビーイングで心地よい街があると海外で広まり、外国人が東京で行ってみたい場所に選ばれる。そして、都市の在り方として、世界の見本になるような街区をつくりたい」(横山氏)。緑あふれるキャンバスで、100年続く未来へ向けた滑走路を整備していく。

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