ひらめきブックレビュー

池上彰、佐藤優両氏が激論 大学入試改革は成功するか 『教育激変』

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多様化する社会や人工知能(AI)時代を生き抜くために、新しい価値を創造する力の育成が、いま求められている。こうした要請から来年度、戦後最大ともいわれる「教育改革」が実施される。本書『教育激変』は、ジャーナリストの池上彰氏と作家の佐藤優氏による、この大改革を巡る対談集だ。

新学習指導要領の柱は、自ら問題を見出し、解決する力を育む「主体的・対話的で深い学び」(アクティブラーニング)。討論などを取り入れ、生徒の能動的で発見的な学修をめざすものだ。教育は国の要だと考える池上氏と佐藤氏は、世間の改革批判に警鐘を鳴らしつつ、教育の本来のあり方を存分に論じ合っている。

■教育の本質を見失った日本社会

教育に関わる両氏が危機感を募らせているのが、これまでの偏差値至上主義の弊害だ。「いい大学」に入ることのみが目的化した、受験テクニックに偏った勉強。これが人間性の涵養(かんよう)を疎かにし、学ぶ喜びや主体的に考える力、ひいては総合的な基礎学力を育む機会を奪っていると指摘している。

さらに東京大学を頂点とする学歴ヒエラルキーは、成績さえよければ何でも許されるといった風潮を生んでしまった。高級官僚によるハラスメントなど、一般人とは倫理観のズレを感じさせるエリートの不祥事は、その表れではないかという。歪んだエリート意識を育ててしまい、人の痛みに寄り添う共感力が劣化しているのだ。

このままでは歪んだ意識が国民全体に広がると危惧する池上氏に対し、佐藤氏も応じる。「人間は、他人から搾取、収奪して生きてはならない。他人のためになる行動を具体的にとる必要がある」という考え方を教育の基本に据えるべきだと説く。

■入試改革、プレテストは不評

こうした問題意識を持つ両氏は、新学習指導要領に基づき導入される「大学入学共通テスト」に期待を寄せている。本書には、2021年1月に実施される本番試験に先行して実施された「プレテスト」の国語の設問が紹介されている。問題のあらましはこうだ。

出題者は、まず「架空の市である城見市の街並み保存地区に住む家族が、景観ガイドラインについての賛否を話し合う」という場面を設定した。その上で3つの資料を受験者に提示した。「街並み保存地区を含む城見市の地図」「城見市役所が作成した景観ガイドラインのパンフレット」「ガイドラインについて話し合う家族(父と姉)の会話録」がその3つである。

出題者の狙いは大きく2つある。1つ目は、与えられた3種類の資料を的確に読み解いて状況を把握する力を試すというもの。2つ目は、出題者が出した設問に対して適切に解答する力があるかどうかを評価することだ。言い換えれば、目的に応じて「表現する力」があるかどうか、を審査するわけだ。

設問は4問あった。全て記述式で解答させる。実際に解いてみた佐藤、池上の両氏は「非常によい問題だ」と手ごたえを感じたそうだ。しかしながら、当局者や教育関係者の間でプレテストの結果に批判が多かったという。問題が高度であるため、正答率が低く、受験生の間に差がつかなかった。これでは選抜試験の機能を果たさないというわけだ。

教育改革のねらいが垣間見える本書。巻末には大学入試センター理事長である山本廣基氏との鼎談(ていだん)も採録されており、現場の地殻変動を感じることができる。

今回の評者 = 丸洋子
情報工場エディター。海外経験を生かし自宅で英語を教えながら、美術館で対話型鑑賞法のガイドを務める。ビジネスパーソンにひらめきを与える書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームの一員。慶大卒。

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