マイカーや社用車を運転していて不測の交通事故に巻き込まれたとき、頼りになるのがドライブレコーダーに残された映像だ。しかし、機種によっては肝心の事故映像が十分に撮れていないこともある。万全を期すには、どんなスペックが必要か。裁判資料としてドライブレコーダーの映像解析を行うプロに聞いた。

 滋賀県大津市で発生した保育園児らの死傷事故や、東京・池袋での高齢者による暴走事故など、クルマが凶器と化した凄惨な事故が近年、後を絶たない。こうした痛ましいニュースを見るにつけ、万が一の事故対策あるいは抑止力を期待して、慌ててマイカーにドライブレコーダーを装着した人も多いだろう。営業車両などを多く保有する事業者、それを運転しているビジネスパーソンにとっても、今やドライブレコーダーは必須の装備だ。

 しかし、だ。「あなたが選んだドライブレコーダーは、いざというとき役に立たないかもしれない」――。そんな問題提起をするのが、ドライブレコーダーに記録された事故映像の解析サービスを手掛けるジェネクスト(横浜市)の笠原一社長だ。

 同社はドライブレコーダーの映像を3Dモデル化し、過失修正に必要な速度、角度、距離を高精度で算出する独自の特許技術を持つ。保険会社や弁護士事務所などの依頼を受け、裁判資料として交通事故の鑑定結果を年間100件程度まとめており、事故の過失割合が8対2から1対9に逆転した例もある。

ジェネクストは、ドライブレコーダーのレンズのゆがみを考慮した独自の手法で映像鑑定を行う
ジェネクストは、ドライブレコーダーのレンズのゆがみを考慮した独自の手法で映像鑑定を行う

 こうした実績を重ねる中で、笠原氏は「ドライブレコーダーの種類によっては、記録された映像が裁判のエビデンスとして適していないケースが散見される」と話す。そればかりか、せっかくドライブレコーダーを装着していても、肝心の事故映像が撮れていないことすらあるという。これでは元も子もない。

 そこで今回、ジェネクストがまとめた“裁判に強い”ドライブレコーダーの必要項目を紹介する。自宅のマイカーや社用車に装着されたドライブレコーダーに致命的な問題はないか、今一度チェックしたほうがいい。あるいは、これからドライブレコーダーを購入する際の参考になるはずだ。

ドラレコ選び5つのポイントを公開

 それでは、 “裁判に強い”ドライブレコーダーの必要項目について、順を追って解説していこう。「(1)映像品質」「(2)衝撃耐久性」「(3)メンテナンス/出力形式」「(4)記録方法/記録時間」「(5)時計精度/フレームレート」という、大きく5つに分かれる。いずれも重要なポイントだが、中でも衝撃耐久性、記録方法/時間、時計精度/フレームレートの3つは、特に注意したいところだ。

 Check(1) 映像品質 

◆安心を得るなら、「フルHD」以外に選択肢なし

 ドライブレコーダーでは、高解像度の映像が撮れる「フルHD(200万画素以上)」以外の機種を選ぶのは、ほぼ論外。というのも、「HD(90万画素)やVGA(30万画素)の映像では、走行時の他車のナンバープレートはほぼ読み取れない」(笠原氏)からだ。

 例えば、当て逃げされたときにドライブレコーダーの映像から相手の車両を特定しようにも不可能なことがある。また、ジェネクストの映像による事故鑑定では、サイズが規格で決まっている標識や信号機を頼りに相手車両などとの距離を割り出すのだが、その際も高解像度の映像であるほど分析の精度は高くなる。

 最新のドライブレコーダーの多くはフルHD対応になっているが、数年以上前に購入した機種ならHDやVGA対応ということもあるから確認しておきたい。新たに買い替えるなら、フルHD、300万画素以上のものを選んだほうがベストだ。

 ちなみに笠原氏によると、ドライブレコーダーのカメラ画角は115度以上あるのが理想。最近は後方監視を兼ねるため360度撮影ができる機能を売りにした商品も出ているが、「映像がゆがみ過ぎていて、事故の鑑定作業はしづらい」(笠原氏)という。また、スマートフォンをドライブレコーダー代わりに使えるとうたうアプリも登場しているが、例えばiPhone Xのカメラの画角は75度しかなく、「これだと側面衝突は映らないことがほとんど」と、笠原氏は指摘する。安易に使うのは避けたいところだ。

 Check(2) 衝撃耐久性 

◆主流の「ブラケット型」は要注意。選ぶなら「本体一体型」

 ドライブレコーダーはフロントガラスの上部、ルームミラーの裏側辺りに装着するケースが一般的だ。形態としては、強力な両面テープ付きの土台からアームが伸び、その先に本体(カメラ、液晶)がある「ブラケット型」が主流だ。

 しかし、このブラケット型について笠原氏は、「交通事故の衝撃でジョイント部からアームが折れ曲がったり、アームの先に付いた重い本体がテコの原理で激しく揺さぶられて土台ごと外れたり、事故の映像がしっかり記録できていないケースがある」と言う。

一般的な「ブラケット型」の例(写真/Shutterstock)
一般的な「ブラケット型」の例(写真/Shutterstock)
「本体一体型」ドライブレコーダーの例(写真/Satoshi§ / PIXTA)
「本体一体型」ドライブレコーダーの例(写真/Satoshi§ / PIXTA)

 その点、フロントガラス上部に直接本体を密着させる「本体一体型」なら、そうした心配は限りなく少ない。装着する車種ごとにフロントガラスの角度が違うため、あらかじめ画角を最適化しやすいディーラーオプションに多いタイプだ。「例えば、ボルボでは本体一体型以外では本国の衝撃耐久性テストに通過できないというほど」(笠原氏)という。

 市販品としては、ブラケット型のようにアームがなく、ジョイント付きの土台部分に直接本体が付いている中間タイプ「ブラケット一体型」も存在する。だが、一定期間でチェックしておかないと、ジョイント部が緩んでいる可能性があるのはブラケット型と同じだ。最優先で選ぶべきは、本体一体型だろう。

 Check(3) メンテナンス/出力形式 

◆SDカードの不具合を回避。「メンテフリー」機能が目印に

 一般にドライブレコーダーの記録形態は、1~5分ごとに作成される映像ファイルがSDカードにたまっていき、SDカードの容量いっぱいになると古いファイルから上書きされる方式が主流。AV家電など他の機器よりSDカードへの書き込み回数が格段に多いため、「ある年数ドライブレコーダーを使い続けていると、断片化されたゴミファイルがSDカードにたまり、新たな書き込みができない現象が起こる」(笠原氏)という。

 そのため、定期的なフォーマット(初期化)やSDカード自体の交換が必要になることが多く、メーカー側も注意喚起を行っている。しかし、この事実を認識しているユーザーはどれだけいるだろうか。国民生活センターの18年8月の調査によると、約6割の人がSDカードのフォーマットや交換が必要なことを知らなかったという。

 こうしたSDカードの不具合で「事故映像が撮れていない」というリスクを減らすためには、「記録媒体の『メンテナンスフリー機能付き』と記載のあるモデルを選びたい」と笠原氏は話す。これは、専用のファイルシステムで録画ファイルの断片化をなくし、エラー発生率を低減する機能。主要メーカーはおおむね搭載モデルをラインアップしている。過信は禁物だが、あったほうがいい機能といえる。

 また、ドライブレコーダーに記録される動画ファイルの形式についても、注意を払う必要がある。望ましいのは、MP4やAVI、MOVファイルといった一般の動画ビューアーで確認できる形式で記録されていることだ。メーカーの独自形式を採用しているケースも散見されるが、「記録映像にどんな調整をしているかが定かではなく、裁判資料としての信頼度は弱くなる可能性がある」(笠原氏)という。

「信号が映っていない!」は、現実に起こる

 Check(4) 記録方式/記録時間 

◆「常時記録&衝撃感知型」がベター。事故前「30秒以上」が目安に

 ドライブレコーダーの記録方法には、大きく2つある。衝撃を感知したイベント発生時のみ前後の一定時間の映像を保存するタイプ「衝撃感知型」と、走行時の映像を常時記録しながら、イベント部分の映像を別のフォルダに格納するタイプ「常時記録&衝撃感知型」だ。後者の常時記録&衝撃感知型には、常時記録映像とイベント映像の両方をそれぞれのフォルダに残すものと、イベント部分を常時記録映像から切り出して保存するものがある。

 このうち衝撃感知型は、「事故の証明という面では不利になる可能性がある」(笠原氏)という。ドライブレコーダーの映像による事故鑑定では、事故時の車両のアクセル・ブレーキ操作によるサスペンションの角度変化に対する映像補正などをし、高い精度で位置を特定する。これには平常時の映像が十分撮れていて、その差分を検証する必要があるから、当然、「残された映像は多ければ多いほどいい」(笠原氏)ということだ。

 ただし、常時記録&衝撃感知型だとしても、安心するのは早計。イベント記録時間の設定が短い場合があるからだ。イベント映像を切り出すタイプはもとより、常時記録映像とイベント映像を両方残すタイプでも、事故発生後の混乱の中でエンジンを切り忘れ、ドライブレコーダーの電源がオンのままだと、肝心の事故前後の映像が新規の上書きで消えかねない。

 そのため、最も重要なのはイベント記録時間ということになるが、笠原氏は「ドライブレコーダーの映像を解析するに当たって、事故前の映像が『30秒以上』あるのが望ましい」と言う。

 交通事故は、現場の状況によって基本過失が決まる。事故現場が交差点なのか優先道路なのか、信号機があるのかないのか、右直事故なのか正面衝突なのかといった具合。これを基に道路交通法の違反などを加味して、最終的な過失割合が定まる。このとき事故前の映像が長く残っていれば、速度超過などの相手のクルマの違反を発見できるかもしれないし、道路状況の確認もしやすい。先述したサスペンションの角度変化による映像補正も可能。ジェネクストの経験上、それに必要なのが、多くの場合30秒以上ということだ。

 ところが、現状ではイベント記録時間が30秒に満たない機種が少なくない。映像が高画質化しているためか、「『事故前15秒』というのが一般的なスペック」(笠原氏)という。特に保険会社などが提供している通信型のドライブレコーダーでは、サーバーに送るデータ量を軽くするため、イベント記録時間を短く抑える傾向がある。とはいえ、イベント記録時間を「前60秒」とする機種もあるので、万全を期すならこちらを選びたい。

 Check(5) 時計精度/フレームレート 

◆フレームレート「25fps」「30fps」の機種は、要注意

 ジェネクストによる交通事故の映像鑑定では、動画のフレームごとの分析により事故当時の関係車両の速度を割り出す。この際、ポイントとなるのはGPS搭載の有無と、撮影映像の設定フレームレートだ。

 まずGPS搭載モデルなら、「ドライブレコーダー本体の時計のみの情報よりも時間軸の証明がしやすい」(笠原氏)という利点がある。例えば、自らのクルマが直進している際に右側から飛び出してきた車両との事故が発生した場合。ドライブレコーダーには正面の信号が青と映っていても、「右から来た相手のクルマ側の信号の証明にはなりにくい」(笠原氏)。事故鑑定の際は相手方の信号の点灯サイクルを警察から取り寄せて、ドライブレコーダーの時間軸と照合して検証する。そこで必要となるのがGPSによる正確な時間というわけだ。

 一方、動画のフレームレートについては、致命的ともいえる問題をはらむ。現在、全国で導入が進んでいるLED信号は常時点灯しているように見えるが、実は50Hz帯の関東エリアで1秒間に100回(50回点灯)、60Hz帯の関西エリアで1秒間に120回(60回点灯)の点滅を繰り返している。

 例えば、関西エリアのLED信号を動画のフレームレートが「30fps」のドライブレコーダーで撮るとどうなるか。30fpsとは1秒間に30コマの静止画を撮影するということなので、LED信号の点滅サイクルと同期してしまうと、ほとんど信号の色が映らないという事態になるのだ。その確率は、実に2分の1。これでは、いざというとき事故の証明に使えない。関東エリアでも、フレームレート25fpsのドライブレコーダーなら同じことがいえる。「海外からの輸入品など、30fpsの製品は意外に多く出回っている」(笠原氏)という。

 そのため、動画のフレームレートは「26.5~28.5fps」と、基本的に50Hz、60Hzの「約数」にならないように設定されたドライブレコーダーを選ぶのが得策だ。ただし、メーカーによっては30fpsと記載していても、撮影時のフレームレートを変えて再生時に30fpsとすることで、「LED信号機が消灯状態で記録されないようにフレームレートを調整済み」としているケースもある。

 フレームレートに関連して、「光可変フレーム機能」を搭載したドライブレコーダーも大きな問題を抱える。これは、トンネル内など暗所の映像をきれいにするため、フレームレートを自動で調整する機能だ。先述した通り、映像鑑定ではフレームごとに分析して事故当時の速度を割り出すため、そもそものフレームレートが固定されていないと、検証は不可能になる。“便利機能”と思いきや、いざというときの証拠能力を大きくき損する。最も注意したい項目だろう。


 以上、“裁判に強いドライブレコーダー”の5つの要件を解説してきた。これを基にし、試しにジェネクストが市販の売れ筋モデルや自動車ディーラーが扱う代表機種を調査したところ、ここ1年以内の発売モデルでも「すべての要件をクリアしたドライブレコーダーはなかった」(笠原氏)という。

 傾向としては、市販品は「ブラケット型」が多いため、衝撃耐久性の項目が低い傾向にあり、中には光可変フレーム機能を搭載しているモデルもあった。また、全体にイベント記録時間が30秒未満の機種が目立ったことが影響している。その中では、ディーラーが扱うドライブレコーダーの多くは、「衝撃耐久性」「時計精度/フレームレート」の要件を満たしており、比較的良い評価だった。

 直近のモデルでもこのような状況なので、数年前からマイカーや社用車に「装着済み」のドライブレコーダーは、“裁判に強い”要件を満たしていない可能性がある。スペックを再確認し、必要があれば買い替えを検討すべきだろう。

NIKKEI STYLE

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