“髪を切らない”定額制の美容室が2019年5月11日、東京・銀座に誕生した。シャンプーとブローに特化した専門店で、月額1万6000円(税別・以下同)から通い放題。「指名制度なし」「週1回勤務OK」と働き方も斬新で、3億円超の資金調達に成功。100店舗体制へ進撃の狼煙(のろし)を上げた。

シャンプーとブローに特化した月額定額制の美容室が、東京・銀座に誕生した
シャンプーとブローに特化した月額定額制の美容室が、東京・銀座に誕生した

 銀座の玄関口にある商業施設「キラリトギンザ」(銀座1丁目)の3階に、新感覚の美容室がオープンした。座席が4つ、シャンプー台が2つ置かれた店内に、ヘアカットやヘアカラーのメニューはない。シャンプーとブローのみで素早く髪形をセットする、その名も「Jetset(ジェットセット)」である。

 ビジネスモデルも新しい。定額制(サブスクリプション)で通い放題の「サブスク美容室」であり、全部で3つのプランを用意した。ブローとアイロンのみの20分コース「SPEED plan」が月額1万6000円(ビジター価格1回3100円)、シャンプーとブローをセットにした30分コース「JETSETTER plan」が月額1万8000円(ビジター価格1回3600円)、シャンプーとブロー、アイロンという45分のフルコース「JETSETTER PRO plan」が月額2万3000円(ビジター価格1回4500円)。

 これらにヘアアレンジやヘッドマッサージ(各500円~)、前髪カットやヘアマスク(各1000円)、Tゾーンカラー(2000円)、トリートメント(3000円~)をオプションで付けられるという仕組みだ。コンセプトは「30分でキマる髪の新習慣」。フリードリンクサービスには、シャンパンも含まれており、ラウンジにいるかのようなリッチな気分が味わえる。

 運営企業であるジェットセット(東京・港)を創業し、CEO(最高経営責任者)を務めるのは、ジュリア・スポッツウッド氏(Julia Spotswood)。神奈川県鎌倉市で生まれ育ち、7歳のときに家族とともに米サンフランシスコに移住。米アリゾナ大学で財務と会計を学び、大手会計事務所のプライスウォーターハウスクーパース(PwC)のニューヨークオフィス、日本オフィスなどで、コンサルティング業務を手がけた経歴を持つ。

 2019年4月には、電通とベンチャーキャピタルのB Dash Ventures(いずれも東京・港)、そして投資家4人から総額3億2000万円の資金調達に成功。PR会社のサニーサイドアップ(東京・渋谷)も新たな株主に名を連ねた。目指すは100店舗。ハイスピードで出店を重ねていく計画だ。

ジェットセットを創業したジュリア・スポッツウッドCEO
ジェットセットを創業したジュリア・スポッツウッドCEO

米国でシャンプー&ブロー専門店がブレイクした理由

 月額1万6000円からと聞くと高額に思えるが、一般の美容室でも、シャンプーとブローのセットは、1回3000円はかかる。週に2回通えば、十分元は取れる計算だ。

 同じ定額制でも、フィットネスジムのように立地や時間帯によって料金体系を変えるのではなく、「QBハウスのように、全国どこにでもあり、どの店も同じ値段、同じサービスが受けられる。そんなブランディングをしていきたい」とジュリア氏は力を込める。

1店舗当たり4席が基本。ほっと一息つける空間を目指した。写真は銀座店
1店舗当たり4席が基本。ほっと一息つける空間を目指した。写真は銀座店

 ジュリア氏が、こうした業態を作ろうと思ったのは6年ほど前。夜遅くまで働き、朝も早い生活を繰り返していたときのことだった。

 「髪を洗うか、すぐに寝てしまうか。帰宅すると必ず『心の戦争』があった」。結局、寝てしまい、翌朝に慌てて髪を洗って出社する日々。昼休みやミーティング前に、さっとヘアセットできる場所があったら、と悩んでいた折、米国の友人から「ジュリア、すごい店があるよ」と紹介された。

 この店こそが、今や全米に120店以上を展開するシャンプーとヘアブローの専門店「Drybar(ドライバー)」。既にニューヨークやロサンゼルスで流行しており、試した瞬間、カルチャーショックを受けた。

 「えっ、なんでこれ、日本にないの? 絶対にはやるのに」(ジュリア氏)。

 女性の場合、髪を洗ってセットするのに30~40分かかるとされる。「疲れて帰宅し、髪を洗わずに寝て、起きて何もしなくていいというのは、女性の夢」(ジュリア氏)。忙しい女性が増えているのは、米国だけでなく、日本も同じ。自分だけではない。手間を掛けずに髪を美しく保ちたい、というニーズは相当あるはず。そう考えたとき、髪を切らないことに特化した美容室こそが、今の世の中に求められているのではないかと確信した。

 当初は、ドライバーをそのまま日本に持ってこようとも考えた。しかし、ジュリア氏は、あえて自らブランディングすることに決めた。米国のシャンプー技術は、日本では通用しないと思ったからだ。

 「米国は、頭皮の洗い方も雑で、耳に水が入るのも当たり前。それに比べて日本のシャンプー技術は世界一」(ジュリア氏)。もちろん、ドライバーにも長所があった。ヘアブロー技術である。短時間で納得のいくヘアスタイルに仕上げるのは、やはり素人には難しい。そこで、10分以上かけ、頭皮まで丁寧に洗う日本仕込みのシャンプー体験と、プロのヘアブローを組み合わせ、「日本版ドライバー」を作ろうと思い立ったのだ。

Jetsetは10分以上かけ、頭皮がさらさらになるまで丁寧にシャンプーする
Jetsetは10分以上かけ、頭皮がさらさらになるまで丁寧にシャンプーする

 身近な友人などにヒアリングを重ね、14年11月、東京・広尾に1号店を開業。16年に東京・麻布十番に移転した。シャンプー&ブロー専門店として既に4年半営業を続け、働く女性を中心に、根強い固定ファンをつかんでいる。そんな知る人ぞ知る美容室が、「通い放題」の新料金体系を掲げ、銀座から全国展開に打って出たのだ。

既に試していたサブスクモデル

 実は、定額制を採用したのは、初めてではない。既に広尾で試していた。そもそも最初に広尾を選んだのは、大使館が集まり、外国人や海外出張が多い日本人が多く住むエリアだから。

 「もしかしたら海外で、ドライバーのような業態を見たこと、聞いたことがある人がいるかもしれない。そこからスタートすれば、なんとなく売り上げが見込めるかもしれない」(ジュリア氏)という読みがあった。

 しかし、宣伝費をかける余裕はない。開業して半年、どうすれば、客を呼び込めるかと考えた結果、月額1万円の通い放題プランをスタートさせた。すると、わずか3時間で店の公式フェイスブックに15~20人の申し込みが入った。その後、1000円、また1000円と値上げしても、引き合いが衰えることはなかった。

 時は金なりという。30分間、プロのスタイリストに身をまかせるだけで、頭皮までさらさらに洗ってくれ、なおかつ髪も美しくセットしてくれる。女性なら誰もが感じていた、日々のストレスから解き放ち、なおかつ、心身ともにリフレッシュできると、口コミで常連客が増え、それは、店が麻布十番に移っても変わらなかった。

 白金、恵比寿、青山といった近隣の住民だけでなく、大阪、福岡、仙台、北海道などの遠方からも足を運ぶ。「ライフスタイルの一つに加えてもらえた」(ジュリア氏)と手応えをつかんだからこそ、サービス内容をブラッシュアップし、全国展開に挑むことにした。多くの人の習慣に加えてもらうには、やはり通い放題のほうが適している。月額1万6000円からという料金水準も、自分が払ってもいいと思える金額から逆算した。

指名制度を廃止

 Jetsetの大きな特徴は、指名制度がないことにある。そのときに空いている美容師がシャンプーやブローを担当する。その背景には、美容業界の課題を解決したいという思いがあった。

 美容師は1年目でおよそ半数が、3年目で8割が辞めるとされる(厚生労働省「産業別入職率・離職率調査」による)。資格を持ち、技術がありながらも、長時間勤務や結婚、出産、子育てなどを理由に、働くのを断念する人が極めて多いのだ。ジュリア氏は、そんな現状をもったいないと思い、「サービス残業なし」「週1回(の勤務)、3時間勤務でもウエルカム」という自由な勤務体系を導入した。

 柔軟に勤務シフトを変えられるようにするには、指名制度をなくすしかない。その代わり、誰が担当しても、満足してもらえるよう、トレーニングに力を注ぐ。スタッフに求めるのは、節度を守ったフレンドリーな接客。「スマホやiPadを見ていたり、本を読んでいたりしたら、声かけを控える。逆に、話したそうだったら、とことん話しかける」(ジュリア氏)。居心地のいい距離感で、週2回、3回と通ってくれるリピーターを呼び込む。

麻布十番店は「Jetset Salon」として、完全会員制のプライベートサロンに生まれ変わった
麻布十番店は「Jetset Salon」として、完全会員制のプライベートサロンに生まれ変わった

「髪は美容室で洗う」をライフスタイルに

 狙うのは、働く女性が多いエリア。銀座でも1丁目を選んだのは、日本有数のビジネス街である日本橋、京橋に近いからだ。キラリトギンザには、レストランもあり、仕事帰りに立ち寄りやすいと判断した。

 座席を4席に絞ったのも、今後の出店を考えてのことだ。小型店のほうが、物件は見つかりやすい。賃料が高い路面店ではなく、ビルの3階以上を狙うことで、好立地であっても、ある程度出店費用は抑えられる。この銀座を新業態の1号店と位置付け、5年以内に100店舗体制を目指す。

 「例えば、恵比寿だけでも西口、東口、ガーデンプレイスと3店舗は作れる。青山、表参道エリアは5店舗。渋谷や新宿は、かなりの店を出せる」(ジュリア氏)。

 まずは6月末から7月初旬にかけて、青山に2号店を構え、年内に都内で計5店舗をオープン。その後は、大阪や京都、横浜、名古屋、福岡など、東京以外の大都市を開拓し、自らの出身地である鎌倉にもいずれは出店したいと青写真を描く。「髪は美容室で洗う」という新たなライフスタイルを日本に根付かせるのが目標だ。

 機が熟すれば、アジアから海外展開も狙う。「日本のシャンプーは本当に素晴らしいので、ぜひ海外の人にも体感してほしい」とジュリア氏は先を見据える。

 銀座店は午前11時~午後8時の9時間営業だが、今後の新店は基本的に午前8時~午後8時の12時間営業とする。メインターゲットは女性だが、男性客も大歓迎だという。実は、全国展開に伴い、ロゴを一新した。ジュリア氏が育ったカリフォルニアの海と空を織り込んだ爽やかな青色で、風になびく髪の毛を表現。「ブルーだったら、男性客も入りやすい」と思ったからで、男女問わず、毎日を忙しく颯爽(さっそう)と駆ける人々の手助けをしたい考えだ。

風になびく髪をイメージした新たなロゴ
風になびく髪をイメージした新たなロゴ

 Jetsetは、元をたどれば、ジュリア氏の日本への思いから生まれた。グローバル企業を辞めてまで起業したのも、自らのルーツがある日本にいたいと思ったからだ。「米国から成田空港に到着すると、すごく落ち着く。帰国して、コンビニでおにぎりを1個買って食べると幸せ。日本は、もうホームグラウンド」(ジュリア氏)。

 週末になると鎌倉で、家族とゆっくりと過ごす。「マーケットは半年、1年で変わる。場合によっては出店をスローダウンすることもあるかもしれないが、できるだけ早く店を広げたい」(ジュリア氏)。Jetsetには文字通り、飛行機で各地を飛び回るという意味もある。せわしなく移動しながらも、心のふるさとで自らと向き合い、新たなライフスタイルの伝道師を目指す。

(写真/高山 透)

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