Men's Fashion

旅の途中の救世主、3000円のスーツケース

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大宮エリーの なんでコレ買ったぁ?!(5)

2019.8.15

作家、演出家、画家、脚本家などの肩書を持つ大宮エリーさんは、自称「衝動買いの女王」。二度と着ない服や絶対に使わない小物たち……つい買ってしまったトホホなあれこれは数知れません。大宮さんが日経MJに連載したコラムをもとに出版された「なんでコレ買ったぁ?!」(日本経済新聞出版社)から、ファッションにまつわる衝動買いのエピソードをピックアップしました。「あーそれ、あるある」とニヤッとしたり、「意味わからない」と突っ込みを入れたりしながら、ゆる~く読んでみてください。




奈良へ行くときである。京都で乗り換えて近鉄へ。私は近鉄が大好き。コトコト揺られて行くときに見える田園風景がなんともいいし、座席も座り心地がいい。奈良で行きたい神社があり、1人旅である。こういうゆったりとした時間っていいなぁ、心洗われるなぁ。旅は目的地についてからではなく、向かっているときからはじまっていて、むしろその時間が旅の醍醐味と思っている。その日は、近鉄より前からその醍醐味は始まっていたのである。新幹線を降りてから近鉄へ向かう迄(まで)の間に、いやそれよりも早く、そう、新幹線の中でもう、旅の醍醐味がはじまっていた。

◇  ◇  ◇

旅の醍醐味の中に、1人の自由な時間ができるというのがある。移動時間というのは、まとまったそれがあるので、楽しい。移動、ということをしているのだけれど、自分的にはすることもないので、自由な時間がぽんとできる。となると、普段気づかなかったことに、気付いたりする。これが、また醍醐味。で、この時は何に気づいたかというと、、「カバンが、汚い!」

気になり出すと本当に嫌になる。「汚い、やだ、なにこれ、よく見たら、すごい汚いじゃん」しかも、汚れというよりも、使いすぎてショルダー部分の革がぼろぼろなのだ。そのショルダーバッグはCAMPERの白いやつで、確かにすごく使った。軽くて、たくさん入って便利で気に入っていた。中が赤い布ので、外が白い革で、まだまだ使えるし可愛いから今日も持って来たのだが、ショルダー部分がボロボロになっているのに気づかなかった。日焼けのあとの薄皮がボロボロ剥げているのに似ている。見ていてすごく気持ちが悪い。で、困ったのが、黒い服を着ているというのに、ぽろぽろ矧がれたものが肩の部分で白い粉みたいになっている。「えっと、違いますよ、フケじゃないですよ」って感じでアピールしながらはらうのが、微妙。で、思ったのだ。近鉄に乗り換えるタイミングで、これ、捨てたい!

◇  ◇  ◇

ただ、1泊するので結構な荷物である。紙袋じゃ破れちゃう量なのだ。困ったなと、思っていたら、近鉄の乗り場になぜか大きな土産物屋があり、そこにスーツケースがあった。お土産はわかる。でも、スーツケースって土産? と思いつつ近寄る。なるほど。いかついハードなやつではなくて、よくおばあちゃんがスーパーに行くときにガラガラとひいている布のスーツケースである。お値段も3000円だ。3マンじゃあない。お土産を買いすぎた人に売ろう、ということなのだろうか。とにかく今の私は、「これだ!」と思った。こんな付け焼き刃で買うのに、一般的スーツケースの価格、払えない。3000円の、ちょいとそこまで布スーツケースを即座に購入。まだ出発しない近鉄車内で、ばばっと入れ替えて、ダッシュでホームのゴミ箱に白いカバンをダンクシュートさながらぶち込んで戻るとすぐに電車が動き出した。これでフケにまみれた女疑惑、濡れ衣バイバイである。3000円の救世主。今も結構気に入っている。

撮影:諸井純二

大宮エリー

1975年大阪府生まれ。作家、演出家、画家、ラジオパーソナリティー、脚本家、CMディレクター。広告代理店勤務を経て、2006年に独立。著書に『生きるコント』(文春文庫)、『なんとか生きてますッ』(新潮文庫)、『なんでコレ買ったぁ?!』(日本経済新聞出版社)など。 近年は画家としても活動。

大宮エリーの なんでコレ買ったぁ?!

著者 : 大宮 エリー
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,404円 (税込み)