夏にヒヤッ、名人が語る怪談トップ10
「ヒタリ、ヒタリ」。後ろから不気味な足音が。振り向くとガイコツ姿の女に肩をつかまれた――。
子どもの頃、そんな怪談話におびえて布団にもぐり込んだ人もいるだろう。名人が話す怪談は大人までも心の底から「ヒヤッ」とさせる。この夏聞きたい怪談話の名人と、その得意話を専門家に聞いた。
墓場のような装飾をしたステージや、青白い照明、幽霊の衣装をまとった役者の演出などで視覚に訴える「立体怪談」を手掛け、臨場感あふれる公演で観客を引き込む。「表情と声の深みも恐怖をさそう」(やまだりよこさん)。2002年に講談師では初めての人間国宝に認定された。=公式ホームページ(http://www.yougou.co.jp/teisui/)に出演情報。日本クラウンがDVDを販売
ここでヒヤッ! 夫の田宮伊右衛門にだまされ女郎屋に売られたお岩は、悔しさのあまり狂乱し自害する。怨霊となったお岩は次々と災いを起こし、最後には雪の降る中、伊右衛門を呪い殺す。(歌舞伎などでは、お岩が毒を盛られ顔を岩のように腫らし死ぬストーリーとなっている)
爆笑を誘う新作落語の名手として名高いが、繊細な情景描写の怪談話でも評価が高い。長編の牡丹灯籠は全編を2日かけて公演するなど思い入れが強い。「息詰まるような世界を表現し、人間の恐ろしさが伝わる」(佐藤友美さん)=「牡丹灯籠」の公演は未定。落語協会ホームページ(http://rakugo-kyokai.or.jp)に出演情報
ここでヒヤッ! 萩原新三郎に恋い焦がれ死んだお露は、幽霊となり夜な夜な新三郎のもとに「カランコロン」とゲタを鳴らして訪れる。新三郎は魔よけのお札を身に着けお露を避けるが、下働きの伴蔵にだまされてお札を失い、お露に取り殺されてしまう。(お札はがし編より)
毎年8月に国立演芸場で話される怪談話を聞かずして、夏は越せないというファンも多い。「スリムな風貌からの端正な語り口は会場をひんやりとした空気で包む」(浜美雪さん)=落語芸術協会ホームページ(http://www.geikyo.com/)に出演情報。テイチクエンタテインメントがCDを販売
ここでヒヤッ! 富本節という浄瑠璃の師匠の豊志賀は、息子ほども年の離れた愛人の新吉が、若い娘と恋仲にあるのではと疑う。次第に嫉妬で顔に腫れ物ができた豊志賀は「新吉の妻を7人まで取り殺す」と遺書を残し自害し、次々と悲劇を引き起こす。(豊志賀の死編より)
本人や身近な人物が経験した不思議な出来事を語るというスタイルで、話のレパートリーは300以上。大型セットを運びながら全国を巡る夏のツアーは今年で20周年。通算の観客動員数は30万人を超えた。「生き人形」では舞台で使うと紹介された人形を巡り関係者に不幸が降りかかる様子を、せき立てるように語り恐怖を誘う。=公式ホームページ(http://j-inagawa.com/)に出演情報。トップシーンがDVDを販売
1992年に始めた日本各地のホールで怪談話を朗読する「百物語」も今年7月で95話目を終え、「円熟味を増した話芸は戦慄を呼ぶ」(門賀美央子さん)。雨月物語では人間の心に潜む怨念や嫉妬を紡ぎ出す。=公式ホームページ(http://www.doudou.co.jp/shiraishikayoko/)に出演情報。新潮社がCDを販売
落語界一ともいわれるキレのある語り口で、夫を裏切る妻の心情を描く。迫力ある演技は「人間の持つ本質的な怖さを表現している」(広瀬和生さん)。
三味線や太鼓、幽霊の格好をした役者の登場や炎の演出などで会場の雰囲気を引き込む名人。怪談話で有名な落語の師匠・故林家彦六を引き継ぎ、芝居調の語りを得意とする。
関西のバーやライブハウスなどを中心に活動する紗那さん・紙舞さんの若手男性2人組の怪談師。終盤に向けて畳みかける様子など、「コンビネーションが絶妙」(東雅夫さん)。
古典落語を得意とする落語界のホープ。「低いトーンでのしゃべりには説得力がある」(小佐田定雄さん)
低く迫力のある声で、人間の悪意・ねたみ、恨みなどを淡々と語る様子は圧巻。ベテラン落語家の安定感で聴きやすい。
心に届く話術、恐怖感誘う
ランキング上位には「怪談歴」数十年のベテランが顔を並べた。1位の一龍斎貞水さんは「怪談の貞水」の異名をとる講談師。照明や音響など舞台装置を活用した「立体怪談」で観客を五感から怖がらせるほか、全国の学校を巡る地道な公演活動も続けている。
2位の柳家喬太郎さん、3位の桂歌丸さんは共に落語の名人。扇子1本と声やしぐさだけで、恐怖や恨み、ねたみなどが入り交じった江戸時代の人間ドラマを描き出す。
4位はタレントの稲川淳二さん、5位は女優の白石加代子さん。どちらも毎年、怪談ツアーを開いている。
ランキングで挙げた名人の得意話はこの夏の公演で聞けるとは限らないが、怪談話によってはCDやDVDなどで販売されているものもあり、家庭でも名演を楽しめる。
怪談話が娯楽として定着したのは江戸時代の後期といわれる。エアコンも扇風機もない時代、熱い夏に落語の寄席に人を多く集めるために「客を心理的に寒くさせようと怪談話を始めたのがきっかけ」(落語プロデューサーの京須偕充さん)だという。
ときは移り平成の世。夏になると迫力のある映像演出をしたホラー映画などが話題になる。それでも、怪談話の名人は心に直接届く話し方で根強く活躍を続けている。
▼その寒け、本物です
怖い話を聞くと体が「ヒヤッ」と涼しい感覚になる。実はこの現象、気のせいではなく医学的な裏付けがある。
医師の説明によると、恐怖を感じると交感神経が刺激され毛細血管が収縮する。そのため皮膚などの体温が下がり通常より体が冷たく感じるという。暑い夏に怪談話を聞くという風習は合理的なのかもしれない。
▼かの名作 海外作品を日本風に
落語の怪談話で有名な「死神」や「牡丹灯籠」は明治の名人・三遊亭円朝がグリム童話や中国の小説を翻訳して、日本風にアレンジした作品といわれている。
文明開化の影響を受けた円朝は、幽霊は精神=神経が不安定になると見えると考え、人々が幽霊の幻影に惑わされる物語を、「神経」を「真景」に引っかけて「真景累ケ淵」と名付けた。
▼地方怪談がじわりブーム
地域で語り継がれてきた怪談話には、その土地で起こった事故や自然災害などへの鎮魂や教訓の意味を込めて創作されたものが多く、地域の歴史・文化的要素もふんだんに含んでいる。
最近では作家や出版社などが中心となり発足した団体が「ふるさと怪談トークライブ」を全国で開催するなど、地域の怪談話を掘り起こし、発表する機会が増えている。
(注)東京ミッドタウンメディカルセンター特別外来医師の平石貴久さんと、落語プロデューサーの京須偕充さんの話をもとに作成
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表の見方 数字は選者の評価を点数化。敬称略。記事中のリンクは掲載時のものです。
調査の方法 怪談話の公演を開催したり、関連CD・DVDを発売したりする現在活躍中の話し手27人を複数の専門家の意見をもとに選出。怪談話になじみのない人でも恐怖感を楽しめる話術や演出などに優れた話し手と、代表的な演目を専門家に選んでもらった。選者は次の通り(敬称略、五十音順)。
上田文世(演芸ライター)▽小佐田定雄(落語作家)▽京須偕充(落語プロデューサー)▽佐藤友美(東京かわら版編集長)▽堤邦彦(京都精華大学教授)▽中山市朗(作家)▽浜美雪(フリーライター・編集者)▽東雅夫(文芸評論家・幽編集長)▽広瀬和生(BURRN!編集長)▽門賀美央子(フリーライター)▽やまだりよこ(演芸ジャーナリスト)
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