ひらめきブックレビュー

「不平等契約」が生んだ傑作 トイ・ストーリー舞台裏 『PIXAR <ピクサー>』

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「トイ・ストーリー」をはじめて見た時の驚きは忘れられない。おもちゃのウッディやバズがはつらつと動き回る姿の虜(とりこ)になった人も多いだろう。このトイ・ストーリーこそが、制作元のピクサーの命運を変えたことをご存じだろうか。

本書『PIXAR <ピクサー>』(井口耕二訳)は、技術はあれど無名アニメーション制作スタジオだったピクサーが、世界的な地位を獲得するまでの物語。「世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話」との副題が付いている。当時のピクサーで最高財務責任者(CFO)を務めたローレンス・レビー氏が、ピクサーの生き残りとプライドを懸けた知られざる財務戦略をつづった。

■制作会社としての命運を懸けたトイ・ストーリー

著者がCFOの任に就いた時、ピクサーは会長であるスティーブ・ジョブズが私財で支えるほどの経営難だった。また、制作したアニメーションの配給元であった世界的企業・ウォルト・ディズニーとはかなり不利な契約を結んでいた。アニメ映画の制作費をディズニーが持つ代わりに、ピクサーで生まれたアイデアはすべて「他社に提示することができない」という内容だ。収益については、ピクサーの取り分が10%にも満たない。おまけに、クリエーティブな集団であるにもかかわらず「ピクサー」の名称はほとんど表に出ないのだ。

こうした契約から自由になるために、ジョブズと著者は大きな賭けに出る。新規株式公開(IPO)によって資金調達を成功させ、ピクサーの実力を示すという作戦だ。そうすればディズニーとの間で契約を見直す交渉ができるに違いないと考えた。切り札となったのが、16年にも及ぶ構想・制作期間を経て生まれたトイ・ストーリーだった。

ピクサーのコンピューターアニメは実写のようにキャラクターを動かし、観客の感情を揺さぶる。芸術とテクノロジーが融合したこの世界観は、アニメ映画の世界を一変するポテンシャルを秘めているはずだ――。そう信じる著者らはトイ・ストーリー公開後のIPOを目指した。

1995年11月22日にトイ・ストーリーが公開された。そして、週末までのわずか数日間で約3000万ドルもの多額の興行収入を上げる。最終的には1995年最大のヒット作になった。公開から1週間後の11月29日、ピクサーは1株22ドルで上場を果たす。その後、株価は39ドルまで上昇した。

■名実共にディズニーと並び立つ

制作会社としての実力を見せつけた著者らは翌96年に入るとすぐ、不利な契約を解消するためディズニー側に再交渉を持ちかけた。ピクサーがこだわったポイントは「ブランド」。アニメを制作したのはピクサーであることを公にしたかったのである。しかしディズニー最高経営責任者(CEO)のアイズナーはつれなかった。前向きの反応を示さなかったのだ。

ところが、97年1月になって状況は一変する。交渉をあきらめて独立を目指していたピクサーに対して、ディズニー側が譲歩をする形で新しい提案を持ちかけたのだ。ピクサーの株式を購入する権利を得る代わりに収益を折半する。その上で「両社併記」のブランドを立ち上げようというものだった。著者は思わず「すばらしい!」と叫んだ。

最終的に、規模も影響力も段違いのディズニーとピクサーがアニメーションの未来のために共に歩み始めたのだ。トイ・ストーリーのグッズをよく見てみよう。「Disney/PIXAR toy story」というロゴが堂々と記されている。本書を読んだあとは、そのロゴがまぶしく映ることだろう。

今回の評者=増岡麻子
 情報工場エディター。住居・建築・インテリア関連のイベント、コンサルティング事業を展開する複合施設に勤務する傍ら、書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームでも活動。東京都出身。

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