アート&レビュー

名優、高倉健さんをしのぶ

すべては、出逢いから 俳優 高倉健

2012/7/20

ヘンリー・フォンダは、自分からお願いして記念写真を撮っていただいた、たった一人の俳優(ハリウッドのスタジオで)

同じシーンでの出演はありませんでしたが、新設スタジオのテープカットに駆けつけ敷地内を歩いているところを偶然見かけた私は、思わず走り寄り「『燃える戦場』の日本兵の役で出演しています」と、無我夢中で話しかけました。

「『荒野の決闘』の貴方の芝居が忘れられません」と続けると、彼は「『十二人の怒れる男』を観てくれたか?」と何度も繰り返していました。

うまくかみ合わない会話でしたが、ハリウッドを体感した至福のひととき。いつか、ヘンリー・フォンダのような俳優になれたら・・・。忘れられない思い出です。

■独立直後、私を支えてくれたマモちゃん

東映を出て、1975年に個人事務所を作りました。

組織の枠を超えて私を支えてくれた東映京都衣装部の森護氏(八甲田山の撮影現場で)

独立後の1本目が『八甲田山』でした。組織を離れ、単身で現場に向かうことになった私のことを聞きつけ、「旦那独りで、行かせられますかいや!」と、たった1人付いて来てくれたのは、東映京都衣装部で当時の部長だった森護(まもる)氏。

撮影所ではマモちゃんという愛称でした。マモちゃんは大好きだった酒もたばこも断ち、八甲田の山に一緒に入ってくれました。もしかしたら、組織をクビになるかもしれないというリスクを覚悟の上での行動でした。

それから3年にわたる雪山との闘いが始まり、最初の年の1か月、彼は共に闘ってくれました。何があっても途中でやめるわけにいかなかったのは、マモちゃんのような人の熱い想いに支えられたからです。ありがとうマモちゃん。

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