日高屋は「来来軒」だった 夜客つかんで埼玉で成長ハイデイ日高会長 神田正氏(6)

最初の経営計画発表会から7~8年後、新規株式公開(IPO)を真剣に考え始めた。

「来来軒」は夜のマーケットをターゲットにしたのが当たり、10店ほどを数えるまでになりました。90年ごろ、ベンチャーキャピタルの関係者の講話を聞く機会がありました。内容はIPOの勧めでした。株式公開によって社会的に認知される、投資のための資金も集めやすくなるなど、夢を実現するためにいいことずくめのように感じました。

バブル経済が絶頂期でした。でも、その頃はまだ、株取引もやったことがありませんでしたから、IPOのことはよくわかっていませんでした。ただ、できればいい、挑戦だけはしてみたい、と強く思いました。現実にできるとは、まだ思いませんでしたが。

上場したい、もっと出店しよう、という気持ちが形になったのが、93年の東京初進出です。場所はJR赤羽駅(東京都北区)前の商店街で「ドムドムバーガー」の跡地でした。

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神田正
1973年大宮市(現さいたま市)に個人経営店「来来軒」を開店。78年、有限会社日高商事を設立して社長就任。98年ハイデイ日高に商号変更。2009年から現職。埼玉県日高市出身。

[日経産業新聞 2016年9月14日付]

仕事人秘録 ハイデイ日高は金曜更新です。

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