医薬でも強い富士フイルム イノベーションが続く理由 『両利きの経営』

「両利きの経営」
「両利きの経営」

日本で、iPhoneのような世界に巨大なインパクトを与えるイノベーションが生まれないと言われるようになって久しい。それは、日本企業、特に成熟企業のマネジメントやリーダーシップに何かが足りないからかもしれない。

本書『両利きの経営』(入山章栄監訳、渡部典子訳)が提唱する「両利き(ambidexterity)」が、その「何か」にあたる可能性が高い。本書は、欧米で先端的なイノベーション理論として広く認知されているという「両利きの経営」に関する体系的解説書だ。著者のチャールズ・A・オライリー氏はスタンフォード大学経営大学院教授、マイケル・L・タッシュマン氏はハーバード・ビジネススクール教授。いずれも第一線の経営学者である。なお、本書には早稲田大学ビジネススクール准教授の入山章栄氏と、経営共創基盤(IGPI)代表取締役CEOの冨山和彦氏が解説を加えている。

両利きとは、人の右手と左手の両方が利き手であることを指す。組織において、両手を自由自在に使いこなすように、2つの相反するスキルをバランスよく、高い次元で発揮するのが両利きの経営。本書ではこの2つのスキルをそれぞれ「探索」「深化」と定義している。

探索とは、一言でいえば「新しいもの」を探し求めることだ。一方、深化とは、既存のものを深掘りして問題点を探し出し、改良・調整して磨き上げること。つまり両利きの経営とは、既存事業を深化させながら新規事業(イノベーション)の可能性を探索する戦略に他ならない。

「深化」と「探索」を並行して推し進めた富士フイルム

過去に成功体験のある伝統企業ほど、深化に資本を集中させ、探索を軽視しがちだ。リスクのある探索行動は、深化を担当する既存部署から反発されたり、十分な予算が与えられないことも多い。本書には、こうした失敗例を含む両利きの経営の実践事例が豊富に掲載されている。

破壊的イノベーションへの対応に失敗した例としてしばしば取り上げられるのが、写真フィルム業界のかつての覇者コダックである。同社がデジタルカメラの普及により売り上げを減らす一方で、同業の富士フイルムは事業の多角化により再成長を遂げている。

この時の富士フイルムの成功こそ、両利きの経営によるものだというのが、本書の見方だ。フイルムの売り上げが急下降し始めたタイミングで富士フイルムは、自社の独自技術を深化させた。同時に、それを新しい製品・サービスに応用するための探索を行った。その結果、エレクトロニクスや医薬品、化粧品など多様な領域への進出に成功したのだ。

ところで両利きの概念は、組織だけでなく、個人のスキルアップにも有効だ。獲得した知識を深化させつつも、それをもとに新たな知識やアイデアを探索してみてほしい。きっと、「成長のコツ」がつかめるだろう。

今回の評者 = 吉川清史
情報工場SERENDIP編集部チーフエディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の選書、コンテンツ制作・編集に携わる。大学受験雑誌・書籍の編集者、高等教育専門誌編集長などを経て2007年から現職。東京都出身。早大卒。

両利きの経営

著者 : チャールズ・A. オライリー, マイケル・L. タッシュマン
出版 : 東洋経済新報社
価格 : 2,592円 (税込み)

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