東京湾を知り尽くし、船を導くプロ 女性水先人第1号東京湾水先区水先人会 水先人 西川明那さん

「女性で苦労したことはないですか?」とよく聞かれますが、女性の水先人誕生よりも、新制度で船乗り経験のない水先人誕生のほうがこの業界の一大事でした。じつは水先人は会社員ではなく一人ひとりが国家資格を持った個人事業主。各水先区の水先人会に所属し仕事をします。

新制度では三級から一級までの階級ができ、扱える船舶の大きさなどに制限がありますが、70歳の大先輩も私たちも肩書きは同じ「水先人」。部長も課長もありません。全員が横並びで、日々シフトを組んで仕事に当たっています。

そんな会社組織ではない、いわば職人の集合のような水先人会が法改正によって突然、新米水先人の面倒をみることになったため、どう仕事を教えたらいいか、一人前に育てるにはどうしたらいいか、受け入れる先輩たちこそ大変な苦労があったと思います。現場経験のない私たちにゼロから徹底的に仕事を教えてくれた諸先輩方には感謝しかありません。

ピンチも悔しさも笑いも、一期一会の現場で味わう

1年間はシニアと呼ばれる先輩と一緒に船に乗る「共同操船」を行い、その後は一人で船に乗り込み仕事をします。独り立ちしたばかりの2年目には、たくさんの忘れられない経験をしました。

水先人になって8年、二級水先人となり、後輩を育てる立場に

ある時は、横浜ベイブリッジの下の航路を進んでいたところ、船長から「エンジントラブルが発生しているからすぐにエンジンを止めたい」との要請が。飛行機の滑走路と同じように海にも航路があり、すぐ後ろには次の船が続いています。航路上で船が立ち往生すると港内が閉塞状態となり甚大な影響が出てしまいます。なんとか航路の外まで船を進めてから止めようと、船長から航行可能と告げられた5分で船を航路外へ出しました。

後でわかったことですが、エンジンルームから油が噴き出していたそうで、かなり深刻な事態でした。ことなきを得てよかったです。

またある時は、船に乗り込んだ若い女性水先人である私を見て船長は明らかに不信感を抱いたようで、冷たい態度に。その航行の途中、多数の船が切れ目なく続けて航行している所を横切らなければならない場面に遭遇しました。

航行している船の速力差や進路などを見て、どの船の間を横切るのかを決断し、大胆に舵をきって無事に横切り終えた途端、船長の態度が一変しました。世界にはライセンスだけでは納得してもらえない相手がいること、目の前の仕事でしっかり応えていくことの重要さを感じました。

この仕事は一期一会。同じ船長の船に乗り合わせることはとても珍しいですが、ある船でインド人の船長に「君を知っているよ」と言われてびっくり。「うちの社内報で見たんだ」と。そういえば「女性の水先人が珍しいから写真を撮らせて。社内報に載せていいかい?」と言われたことを思い出しました。まさか本当に載っていたとは知らず、驚きました。世界の海はつながっています。

先輩たちから聞いた経験談がお守り

海の上では常に水先人同士がトランシーバーで連絡を取り合います。東京湾水先区には現在約180人の水先人がいますが、全員の名前や声も頭にしっかり入っています。

水先人だけでなく、船のクルー、海上保安庁の職員、船会社の代理店員や港のオペレーターの人たちとの連携も大切で、万が一の時の判断材料を増やすためにも、助け合うためにも、日頃からのコミュニケーションが肝心です。一人で仕事をしているけれど一人で走っているわけではない。そんな思いで日々船に乗っています。

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