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梶原しげるの「しゃべりテク」

家賃滞納トラブルを解決 貧困と向き合う司法書士

2019/3/28

■プロ野球球団広報職に「直訴就職」

大学卒業前、父の意に背き、就職活動を始めた、ちょうどそのころだった。「プロ野球球団ブレーブス(当時)のオーナーが阪急電鉄からオリックスに移った」というニュースが報じられた。

「地元の著名企業への就職なら、父の許しが得られるかも。採用試験に応募しよう」。ところが、倍率は「絶対無理」と思える数字に達していた。「ならば」と彼女は、オリックス球団の宮内義彦オーナーに直訴状を送るという秘策に打って出た。

太田垣「阪急とは異なり、新球団は一般に向けた広報システムをゼロから構築するニーズがあると見て、学生時代に培った、取材してメディアに伝えるスキルや人脈をアピールしたら、奇跡的に採用されました」

出社すると、「君1人で広報室を作れ」と命じられ、以後は3年半、朝早くから夜遅くまで自軍選手の現場に密着。その姿を写真やビデオに収め、コメントを取り、メディアを通じファンに伝えるという広報業務に打ち込んだ。当時の選手のなかには、入団したばかりのイチロー選手もいた。

太田垣「同期の新人でも、ドラフト1位指名の田口壮選手は『田口さん』とさん付けで呼び、4位の鈴木一朗選手は、『鈴木』と呼び捨てにするのがならわしでした。私も『鈴木、取材入ったよ、よかったねえ』なんて呼んでました。あの当時、別の対応をしていたら、今ごろアメリカで弓子さん(妻)でなく私が毎朝カレーを作っていたかもしれないのに、へへ」

当時も父親からの「見合いして結婚しろ攻撃」は続いていた。広報生活も3年半がたち、後進が育ったところで、父の願いを聞き入れ、神戸の病院の跡取りと見合いで結婚した。

太田垣「はたから見れば、何不自由ない幸せな結婚も、いろいろあって、3年目に子供が産まれ半年経ったところで、ギブアップ。実家に帰ったら『子連れ離婚だなんて近所に知れたら肩身が狭い』と、親のつれない対応を見て『一切親の世話になるものか』と決め、赤ん坊と2人で家を出て、住み始めたのが狭い賃貸アパート」

■司法書士試験に4年連続で不合格

梶原「収入は?」

太田垣「広報関係の話はいただいたんですが、時間が不規則で子育てが難しいんです。結局、定時でやれる単純事務の仕事を選びました。収入は手取り月額12万円と母子手当。支出は家賃6万、光熱費1万、食費1万、雑費1万円。保育の費用は低所得だから全額免除で助かりましたが、病気などちょっとしたアクシデントが起きたらもうおしまいでした」

経歴に書かれていた「乳飲み子を抱えた極貧のシングルマザー」という表現に誇張はない。

太田垣「夫とは養育費でもめました。その当時、お世話になった女性弁護士さんが私の個人的なことにも相談に乗ってくださった。そしておっしゃるんです。収入を増やすためには何か資格を取ったらいい。司法書士なんかいいわよって」

梶原「司法書士って、合格率数パーセントの超難関ですよね」

太田垣「そうだとわかったのは後のことで、私はすっかりその気になって、球団時代に貯めたわずかな貯金を切り崩し、学費を払い半年間だけ受験予備校に通いました」

しかし、1回目の試験は不合格。以後、仕事を続けながら受験した2回以降も4年連続で落ちた。

5回目も手応えを感じることができなかった。「まただめだ、一生やってもだめなんだ。私と息子、どうなっちゃうんだろう。家賃も、無理」。受験からの帰り道、目の前が見えないほど涙がこみ上げてきた。

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