手話通訳者の職の安定や待遇改善が急務 失敗を恐れずに進もう!
社会起業という選択(7)
こんにちは。手話ビジネスを展開するシュアールグループ代表の大木洵人(おおき・じゅんと)です。私は手話にかかわる課題をビジネスの手法で解決するために、大学2年で起業しました。ソーシャルビジネスに関心を持つ学生に皆さんに少しでも参考になればという思いから、これまで6回にわたって学生起業家としての経験を綴ってきました。手話ビジネスの今後の可能性と自分の目指す目標についてお話しして連載を終えたいと思います。
東日本大震災を機に被災地でサービスを導入
私たちは2011年2月にビデオチャットを使った「遠隔手話通訳サービス」の実証実験を始めました。その直後に発生した3月11日の東日本大震災を機に、日本財団や赤い羽根共同募金の支援を受けて被災地向けのサービスとして1年間提供しました。2013年にはJR東日本、2015年には花王グループと着実に広がってきました。2018年にはJALにも導入され、シュアールの遠隔手話通訳サービスが生まれた事によって、ろうの方々が手話を利用できる環境が増えている事を嬉しく思います。それを支えてくれている社員のみんなには感謝しかありません。
そして、政治的にも動きが拡大し、2019年に入ってから総務省と厚生労働省が合同で「電話リレーサービスに係るワーキンググループ」を立ち上げました。私もオブザーバーに就任し委員会に参加していますが、この問題に対して国が動き出たことを本当に嬉しく思います。
シュアールを立ち上げてから10年以上が経ちました。嬉しいことも、悲しいこともたくさんありました。その上で人との出会いというのは本当に不思議なものだと思います。仕事とは関係ない場所で知り合った人から素晴らしい仕事を頂いたり、数年前に出会って特に関りがなかった人と新しい企画で再会したり、数年来の友人が課題解決のキーマンだったり、運命としか思えない事が日々起こります。
たまに成功の秘訣を聞かれることがあります。私はまだまだ自分が成功したとは思っていませんが、10年以上会社を経営している中で、多くの奇跡が起きてきました。そして、その一つでも足りなかったら、今のシュアールはなかったと思います。
ただ、私も何もせずに運だけに身を任せてきたわけではありません。「奇跡を確実に起こす事はできないけれど、行動次第で奇跡が起こる確率は高められる」と思い、活動してきました。日々の出会いを大切にして、考えすぎて動けないよりもまずは行動に移し、そして周りの人に感謝をしていれば、自然と奇跡の起こる確率は高まると思って、行動してきました。
私が10年間で体験した奇跡の一つを紹介したいと思います。東アジア初のアショカ・フェローに選出された時の話です。慶應義塾大学の卒業生で組織される三田会の一つにベンチャー三田会というものがあります。ベンチャーを立ち上げたメンバーで構成されている同窓会です。当時、現役学生として起業していた事で御招待を頂きました。学生の参加者が珍しかったこともあり、皆さんの前で簡単な自己紹介をする機会を頂きました。
その時に株式会社ローソン社長(当時)の新浪剛史氏が参加されており、声をかけて頂き、後日、ローソンのCSR担当の方を紹介頂きました。数か月後に、シンガポールで開かれたハーバード大学のアジアカンファレンスに出ているときに同じく日本から参加している学生に声を掛けられました。彼女はアショカ・ジャパンでインターンをしており、私の事をローソンのCSR担当者から聞いていて、連絡を取る予定だったとのことでした。全く違う二つの出会いが繋がり、その後のフェロー選考に彼女が私を推薦し、フェロー選出という大きな結果が生まれました。
私自身もまだまだ修行不足ですが、出会い、行動、感謝の大切さを忘れずにこれからも事業を継続していきたいと思っています。
若い手話通訳者の数が圧倒的に足りない
これから日本の手話市場は確実に拡大していきます。これまでは多くの方々のボランティアによって支えられてきましたが、少子高齢化による労働力不足や女性の社会進出によって、ボランティアの方々に頼り続ける仕組みも限界に来ています。一方、LGBTの認知拡大や外国人労働者と外国人旅行客の増加などによって、日本国内でもマイノリティーの方々への理解が進み、多様な文化に触れる機会も増えてきています。
この流れの中で、「手話」も職業として今後ますます確立していく事でしょう。ただ、若い手話通訳者の数が圧倒的に足りておらず、手話業界は深刻な人手不足を迎えます。社会の意識が追い付いてきても、実際に対応するだけのマンパワーが足りないということが起きてきます。シュアールとしては、手話業界の更なる発展のためにも手話通訳者の職の安定、社会的地位向上、待遇改善などの課題解決にどう貢献することができるか、考えていきたいと思います。
シュアールの社名は「手話をレギュラーに」から作られています「シュ」は手話のシュ、「アール」はRegularのR。手話通訳へのアクセスがいつでもどこでも一般的に(レギュラーに)できるようになれば、我々のビジョンの一つ目は達成されます。そうすれば、次の目標は我々の手話通訳を駆使して、ろう者の皆さんの活動を支えることで活躍するろう者を日本社会に増やすことです。
既に力を持っているろう者はたくさんいます。ただ、彼らが聴者の社会に埋もれてしまっているだけです。シュアールは彼らの発掘と聴者社会への進出支援までを行っていきたいと思っています。そのためにも、まずは手話へのアクセスが社会インフラのレベルまで拡大できるように頑張っていきます!
皆さんも自分の夢や目標に向かって進んでいってください。今は明確なものがなくても、なんとなくで良いので、ひとまず前に進んでいけば少しずつ見えてくると思います。そして、失敗を恐れないで欲しいと思います。命を落とすような失敗は別ですが、事業や活動がうまくいかなかったら、また初めからやり直せばよいだけです。失敗の経験は確実に活きると思います。
※この連載は今回で終了します。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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