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求めた「ふるさと」 全日にもノアにもなかった 元プロレスラー、天龍源一郎氏(13)

2019/3/13

三沢光晴(右)のエルボースイシーダを受ける(2005年11月5日、日本武道館)=東京スポーツ新聞社提供

「昭和のプロレス」を体現した人気レスラーで、65歳まで現役でリングに立ち続けた天龍源一郎氏の「仕事人秘録」。10年ぶりに復帰した全日本プロレスでは、活躍の一方で満たされない思いもありました。

2000年、全日本プロレスに50歳で復帰。衰えを見せるどころか全日本の看板、3冠ヘビー級王者など次々とタイトルを獲得した。

全日本に残っていた選手の態度は変わっていましたね(前回「恩人・馬場さんの死 『ふるさと』全日への復帰決断」参照)。昔俺の尻にくっついてちょろちょろしていたような連中が「出戻りだ」と見るわけです。俺は世間にもまれていて「若いな、おまえら」という気持ちです。(ジャイアント馬場夫人の)元子さんのため、継続してお客さんを入れなきゃ、ということばかり考えていました。

10月には全日本に残った川田利明との3冠戦で勝ちました。01年春のチャンピオン・カーニバルでも優勝します。俺にしたら「もっと頑張れよ。頑張れば(全日本消滅の危機という)こんなことにならずにすんだ」と選手たちに思いを伝えたかったのです。

03年には長州力が新日本プロレスをやめて立ち上げた新団体、WJプロレスに参戦します。彼は新日本の時に私に戦うチャンスを与えてくれました。ある日「源ちゃん、団体持つことになったんだけど協力してくれない」と言われ、WJに協力しなければとはせ参じました。同年代の彼には光ってほしいし頑張ってほしいという気持ちからです。

05年には全日本から選手が大量離脱し発足したプロレスリング・ノアにも参戦。融通むげぶりを見せつけた。

全日本はふるさと回帰の慕情という感じじゃなかった。だったら三沢光晴が立ち上げたノアなら以前の全日本の雰囲気を求められると思いました。元子さんに「ノアに1年間出ても構いませんか」と断りを入れると驚かれましたね。「僕もプロレスを続けるためノアに出たい」と伝えました。

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