法律は「楽譜」かもしれない~感性の限界に挑むために法科大学院へ
「わたし」が生まれた、横須賀(10)
こんにちは、八村美璃(はちむら・みり)です! これまでの記事では、音楽や演劇で自らの感性を表現することが大好きなわたしが、ヨコスカネイビーパーカーやG1カレッジでの活動を経て、新たな可能性を切り拓いてきた道のりについてお話してきました。本連載最終話となる今回は、そんなわたしが自分の感性を信じて、法律家を目指し、次の一歩を踏み出す背景についてシェアしていきたいと思います。
それでは、法律と一見関係のないように思えるわたしの特技から、話のページをめくりましょう。
"感性の"法則
第1回目の記事でお話した通り、わたしの特技は、聞いた曲を自分流にアレンジしてピアノで再現すること。自分から湧き出る音楽に触れる中で、わたしにとって弾くことは、話すことと同じくらい、生の気持ちを表現する手段になりました。
しかし、わたしの関心の矛先は、ピアノそのものではありませんでした。思えば小学校の校庭で、大勢の友達が可憐に咲いたチューリップを描く中、一人でこっそり岩と岩の間に隠れた小さな花を描いていた時のこと。担任の先生が「美璃さんは面白い所に目をつけるなぁ」と褒めてくれた時のことを、今でも覚えています。作文、演劇、プレゼン、プロジェクト...。自分の感性を形にすること、そしてその感性を磨いていくことにこそ、興味があったのだと思います。だからこそ、ピアノは自分の感性を形にする方法の一つに過ぎず、自分を表現する方法は他にも無限にあるのだと信じていたのです。
「美璃ちゃんは、みんなとちょっと違うね」
そんな言葉が辛く感じる時もあったけれど、その言葉から自分の感性を信じる力を見出せたからこそ、心の中の「振り子」をずっと揺らし続けられるのだと思います。
基礎練習と楽譜が苦手なわたし
小学生になってからピアノ教室に通うようになり、卒業までにコンクール出場や、ジャズなどの多様な曲も練習するように。一方そうした挑戦を重ねるうちに、自由に何でも弾いてしまう自分のピアノに対し、早くも限界を感じ始めていました。「もっと色々な曲が弾きたい」。そんな想いとは裏腹に、「どんな曲にも自分の色を出せる」状態に必要なだけの基礎力が追いついていないという、もどかしさを感じ始めたのです。ピアノを習った人なら知っている人も多い「バイエル」という基礎練習本シリーズ。実は、わたしはこれまで一度も練習したことがありません。
自分の弾きたい音がわからない。基礎練習を重ねなければ、これ以上指は動かない。作曲した人の意図を表すには、もっと楽譜に忠実でなければいけない――。関東大会で受賞して以降、自分の残した結果を上回ることができない現実や、ピアノを弾く時間が段々と楽しくなくなっていく様子は、弾きたいものを弾きたいように演奏してきた自分への戒めのように感じました。そうした苦味は、「原則がなければ、例外は生み出せない。感性を磨くには、そしてそれをより良く形にしていくには、もっと型を身につけなければ」との想いとなり、深く強く、自分の中に根付いていったのです。
制約に秘められたチャンス、ルールに隠された可能性
これまでの記事でお話した通り、その後のわたしは、自分の感性をソーシャルな活動においても形にしていくようになります。振り返れば、ネイビーパーカー活動中には、企業に活動趣旨を伝えながら直接交渉することで意匠登録の問題を乗り越えるという経験、またG1カレッジ代表を務めた際には、学生運営チームの中に社会人を参画させるため「スーパーバイザー制度」を新設したという経験がありました。こうした例は、目の前の不都合に対して、どんな方法なら必要だと思ってもらえるのか、また現状で許容されるのかという、ルールの背景に則った観点から、自らのアイデアを反映させ、問題解決に繋げられた一例だと思っています。
「制約があるからこそ、新しい選択肢を創造することができる。その時にこそ、自分の感性が試されるんだ」
高校生になってから、わたしが漠然と志望していたのは法学部への大学進学。それは、自分の感性を形にする舞台は、音楽や演劇さえも超えるという意識と、本当に超えていくためには、世の中のあらゆる分野を支える「型」を学びたいという意欲からでした。誰かの感性が新しいアイデアという形となり、それが社会を前進させる時には、必ず制約とぶつかる。しかし、その制約が存在するのには理由がある。そして、仕組みを変えてはならない理由があるから、ルールが生まれる。ならば、その理由を勉強したい。法という社会インフラを学ぶ中で、その背景にある社会の「型」を体得する術を学びたい。ピアノで抱いた苦味は、いつしか自分の感性への挑戦として、気づけばピアノを超えた、自分自身のテーマになっていました。
そして実際に法学部に進学し勉強する中で、また上記のように、活動中に現場で得た多くの経験を経て、かつての自分が抱いていた意識や意欲が、確実に今の自分の可能性を拓く力へと変わっていくことを実感しました。
法科大学院への進学へ
「わたしはピアニストになりたいんじゃない。自分の感性を塗り替え続けて、自分と社会に挑みたいんだ」。小さい頃から揺れていた振り子の勢いは、この数年間、自分の加えた力で更に増していきました。そしてG1カレッジの代表を終えた12月、その勢いに乗せて、わたしは法科大学院(ロースクール)の受験を決意したのです。
一人暮らしを辞めて、横須賀の実家に戻りました。家の電子ピアノを弾きながら何気なく気づいたのは、一人で暮らしていた一年半、わたしは全くピアノに触れずに過ごしてきたという事実。久しぶりに時間を忘れるほど弾く中で、わたしはおもむろに楽譜を読み始めました。「かつて弾けた曲を思い出したい。新しい曲も弾いてみたい」その気持ちから、耳に頼らず楽譜に手を伸ばしたのです。苦手だから、当然時間はかかります。だけど、耳で聞き取るだけでは気づかなかった響きの重なり合いを知る中で、「もっとこんな風に表現したい」という新しいアイデアや自分の音がどんどん浮かんでくるように。
一方、ネイビーパーカーや様々な活動を経て「じゃあ、次のアイデアは? 進路は?」そう自分に問いかける日々は、まるで自分のピアノにマンネリ化した、かつてのわたしの姿と重なりました。楽譜を手に取り、新しい自分の音を発見できた喜びは、わたしに「まだ感性の限界を塗り替えられる」ということを教えてくれたのです。
「法律は『楽譜』かもしれない」ふと、そのフレーズが浮かびました。
法律は「楽譜」かもしれない
音楽にはひとつひとつの音符があって、その一音には必ず理由があってそこに構築されている。他の音と調和しながら、そこに存在している。同じように、この社会では法というひとつひとつの音符の複雑な組み合わせが世の中を仕組みを構築し、それぞれが調和しあって仕組みとして成り立っています。しかしながらその連なりは、音符に忠実であることこそ正義だと人々に押し付けるために存在している訳ではありません。奏でる時には音符を超えた表現があるし、奏でる人によって全然違う曲になる。まるでペダルの踏み方や、鍵盤のタッチ、色んな要素が複合的に存在してその曲が成り立つように、この社会では様々な利害調整がなされ、時代によって変わる「社会通念」があります。本当の意味で、なぜ作曲者がその音符をそのパートにおいたのかを理解するように、なぜ時の立法がその法律を制定したのかを理解できれば、これから必要とされる音がおのずと見えてくる。
「どんなタッチで、どんな気持ちで弾こうか」。条文や判例という名の音符を知れば、こんなサービス、政策があったらいいな、こんな活動ができるなと、きっとアイデアが湧いてくる。もしかしたら、そのパートの一音に代わる、もっとより良い一音が見つかるかもしれないし、アレンジできるかもしれない。不協和音だと感じられていたある音の組み合わせは、捉え方が広がれば、心地よい和音として捉えられ得る可能性だってある。
ひとつの音符の捉え方を知るから、音楽を知る。単なる邪魔な規制だと思っていた法律や目の前の制約たちも、捉え方が広がれば、実は可能性を広げる和音であるかもしれないと考えたのです。耳に頼るように、現場で吸収するだけでは、自分の感性はこれ以上磨けない。法律という楽譜に残されたものを読み取って、もっと繊細で大胆な表現ができるようになりたいと思うようになりました。
自分にしかできない表現で、社会にある音を奏でたい
実は、ピアノに夢中だった小学生の頃、わたしは両親の離婚を経験しています。もちろん辛い記憶はたくさんあるけれど、その選択こそが、今の人生の豊かさを築いてくれた「一音」のひとつになっています。それは、よりしあわせになれるように、わたしの家族が結婚制度というパートにおいて、より良い音を奏でようとしてくれたから。
「あなたが楽譜を読み書きできなくても、他にできる人に任せればいい」。そんな風に、「法律のスペシャリストは世の中にたくさんいる。あなたがなる必要はない」と言われる機会に、これまで多く巡り会いました。弁護士を目指すと伝えれば、「捕まった時、何かあった時は助けてね」と返ってくることもあります。その度に、心の中で頷く自分と、もやっとする自分とが、言葉にならない言葉で言い合いをしてきました。
わたしは社会生活の舞台でも、様々な選択にあらゆる受け取り方ができることを発信したいし、新しい選択肢を生み出せる余地があることを伝えたい。自らの選択によって人生を切り拓けるようになることで、「自分に生まれてよかった」、そう心から人生を思える人が増えると信じているからです。そのためにも、ルールや制約にある可能性を引き出せるようになりたい。
幸いなことに、大学生活で、悩みつつ二兎も三兎も追い続けたおかげで、法曹志望の優秀な仲間や研究室の輪の中に身を置き続けることができました。そうした恵まれた環境や、いつも自分の可能性を信じてくれる家族や大切な存在の支えの中で、司法試験受験に向けた最初の難関である法科大学院の受験も、なんとか半年間で乗り切ることができました。
「置かれた状況や環境に関わらず、あらゆる選択からしあわせを見出す。その方法を一緒に探していくことこそ、わたしの人生の使命なのではないか」。勉強していく中で、少しずつ、自分の感性を自分らしくさせている源に辿り着けるようになりました。
今は弁護士を目指していますが、いつか別の職業に携わっているかもしれません。また、時には自分の出したい音色を見失ってしまうかもしれません。でもそんな時こそが、感性の限界に挑むチャンス。どんな時も、どんな方法でも、誰といても、伝えたいメッセージを伝えていく一人の「アーティスト」で在り続けられるように、これからもずっと、自分の感性を磨き続きたいと思います。
これまで、この連載を応援し、記事を読んでくださった方々、本当に本当にありがとうございました。いつか、またどこかでお会いできることを楽しみにしております!
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