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キャンパスライフ

秋田・川連漆器~小さな革新が生む伝統 手から、地から(4)

柳谷直治 埼玉大学経済学部4年

2019/2/21

私は秋田県湯沢市川連町を訪れました。今回ご紹介させていただくのは漆とひとりの作り手のお話。南蛮貿易時代のヨーロッパでは、「japan」と呼ばれたほど日本を代表するモノづくりであり、江戸時代の庶民には欠かせない暮らしの道具だった漆器。例えばお椀。お味噌汁やお吸い物など温かいものを冷めにくく、持ち手は熱すぎず、手や唇に吸い付くような触り心地。現代の生活の中でこの感覚を愉しむ日本人はどれだけいるのでしょうか。

漆の不思議と日本人

寿次郎椀 黒・朱 写真:鈴木竜典(R-room)

私たちが呼ぶ漆器とは、ウルシという樹木を引っ掻いて採取した樹液を塗料として施した器を指します。「漆」はウルシの樹木と樹液を意味する漢字ですが、樹木を意味する漢字で唯一、部首が「きへん」ではなく「さんずい」なのです。古代中国で漢字が生まれるころには樹木ではなく樹液に価値が置かれていたということなのでしょうか。

日本においても古い歴史を有する漆。最古のものは福井県若狭町・鳥浜貝塚にひとつの謎とともに眠っていました。発見されたのは縄文時代草創期(1万2600年前)の木片。実はこのウルシ、どこからもたらされたものなのか解明されていません。もともとウルシは日本に自生する種ではないとされ、人の手によって栽培管理されなくては自然淘汰されてしまうほど弱い樹なのです。現在日本国内で確認されているウルシの生育場所は農家の敷地内、林道沿いなど人の手が加わっていた場所に限定され、自然林の中からは発見されていません。

佐藤さんが掻いた湯沢産の漆

日本人は大昔から建物や家具、日用品を加工が容易で温もりのある木で作ってきましたが、木にも水や汚れが染み込み、傷みやすいという弱点があります。モノを大切に永く使う気質のあった日本人には木製品を丈夫に美しく、そして麗しく守る漆が不可欠でした。たとえ15年かけて育てた一本のウルシから、1年間にたった200mlの樹液しか採れないとしても、縄文時代から日本人は手間を惜しまず栽培してきたのでしょう。樹液を提供する代わりに自らの繁栄を手助けさせてきた漆はまさに、日本人とともに生きてきたのです。

職人ではなく、作り手

今回訪れた秋田県湯沢市川連町。ここは約800年前の鎌倉時代、武具に漆を塗ったことを起源として発展した「川連漆器」の産地です。この地で漆、そして使い手とひたむきに向き合う川連塗 寿次郎/佐藤史幸さん(43)にお話を伺いました。

微塵の埃も大敵になるため普段は見れない塗りの工程

川連漆器の塗師である父親の家に生を受けた佐藤さんですが、「小・中学生のころまで漆の道に進もうとは考えていなかった」と話します。高校卒業後、家業を手伝おうとしましたが「うちで仕事がしたいなら他で勉強してからだ」と父親に断られてしまいます。そこで佐藤さんは人間国宝や著名な職人たちが講師を務める石川県立輪島漆芸技術研修所の試験に合格、進学し5年間の研修を終え、川連町へと戻りました。

実家の寿次郎では、昼間に普段使いの器、夜間は一点物の作品づくりに没頭しました。「初めのころは作品づくりが楽しくて、昼間の仕事は好きではなかった」と話す佐藤さんですが、父親の代わりに初めて販売の場に立つことになり、転機が訪れます。「おたくの漆器、使っていくうちに艶が出てきたよ」。これを聞いた史幸さんは「作品を追求するのも楽しいが、お客さんがウチの漆器を使って喜びを感じてくれていることに感動した」と話します。お客さんの一言で、使うことで美しくなっていく漆器の魅力に改めて気付かされ、普段使いの漆器づくりに惹かれていったと言います。佐藤さんが自らを職人や作家ではなく「作り手」と呼ぶその意図は、「モノづくりもするし、販売もする。だから単なる作り手」。自らのモノづくりの領域に垣根を設けることはせず、漆器を通じて使い手に喜びを届ける。「作り手」という言葉からそんな心意気を感じました。

不易流行の道具づくり

佐藤さん(右) と筆者

「昔からの技術、技法、想いを大事にするのが不易。今の現代に合わせたモノづくりが流行」。佐藤さんが大切にするのはお客さんとのコミュニケーション。使い手の声と先人が紡いできた技術による不易流行の道具づくりに魅了される生活者は少なくありません。

時代の変化が著しいことは確かですが、私たちの暮らしの根本はそれほど変わっていないと思うのです。先人がそぎ落とし、磨いてきたお椀や箸の形も、器を手に取って食べるという日本食文化も大きく変わることはないでしょう。その中でも、今の暮らしに最も寄り添うモノづくりを追い求めるその姿は、「伝統」が小さな革新の連なりであることを体現しています。

これからの漆の器

産地の状況を伺ってみると「現状は悪くなる一方。でも、売れないから悪い時代ではない」と話します。「もともと川連漆器は農家との兼業で広まった。高度経済成長やバブル期に不自然に増え、今は自然な姿に戻っていっているだけ」。伝統工芸産業も市場の原理に従ってその規模を変えて行きます。そして、それを決めていくのは他ならぬ現代に生きる私たちです。あなたは生涯、箸を使うことをやめるでしょうか。器を持って食べることをやめるでしょうか。太古から日本人と生きてきた漆。使うことで完成に近づく器。「漆が潤す日々の暮らしこそ、日本人の自然な姿」と言うことは出来ないでしょうか。

川連塗 寿次郎
〒012-0105
秋田県湯沢市川連町字大舘下山王119-3
TEL: 0183-42-3576
HP: https://jujiro.jp

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