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池上彰の大岡山通信

話す力を磨く(上)「知らない」を前提に 池上彰の大岡山通信 若者たちへ

2019/2/28

若者たちから「人前でうまく話すコツは何ですか」とよく質問されます。長年、報道やテレビ番組にかかわってきたので、私の経験や環境は皆さんとずいぶん異なります。ただ、どの分野でも技術を磨く近道などありません。そこで今回と次回は「話す力を磨く」をテーマに考えます。

■キーワードの説明は丁寧に

「わかりやすく話をすること」。私はいまも悩んでいます。特に大学での講義や一般の聴講者を対象にした講演会などでは配慮が欠かせません。聴く人の立場で気をつけているポイントは2つあります。

第1のポイントは「キーワードの説明は丁寧に」です。知っていることを前提に、専門用語をそのまま使わないこと。聴く人は、わからない言葉に出くわしたとき、いちいちスマートフォンで調べていたのでは話に集中できないでしょう。

たとえば金融や経済をテーマに「政策金利」を話題にする場合です。年配の方に対しては、「かつての公定歩合はなくなり、いまは日銀が民間の銀行との間での取引で金利水準を誘導している」などと説明します。まだ公定歩合が存在していると思っている人が意外に多いからです。

日々、本紙を読みこなす読者には必要ないかもしれませんね。でも、経験から言えば、人は言葉を理解しないまま、話を進められてしまうと消化不良に陥ります。聴いている人たちの年齢構成や職業などを考え、「この人たちは何が理解しにくいのだろうか」という問題意識を持って説明する必要があるのです。

第2のポイントは「出来事の理由や背景の説明をしっかりと」です。キーワードを押さえるだけでなく、必要に応じて、理由や背景を補うようにしています。ニュースを詳しくチェックできない人々を前提に、解説の理解を深めてもらう狙いがあるからです。

たとえば「トランプ大統領の米国第一主義」です。聴いている人たちの多くが、「そもそも、なぜあの人が大統領になれたのか」と疑問に思っているはず。そこで話を始める前に、「どんな人々が選んだのか」「得票総数で負けても大統領になれてしまう選挙制度の仕組み」を加えています。

■「人前で冷や汗をかいて」

私にとって、NHK時代、11年間携わった「週刊こどもニュース」の番組づくりが大きく生きています。放映前、小学生たちに解説していましたが、「理解してもらえていない」ときは、説明の方法だけでなく、台本そのものも見直しました。

テーマやキーワードを理解してもらうために、ゆっくり、わかりやすく語りかける経験を積むことができたと思います。長年の記者生活とはまったく異なる経験でした。いま思い起こせば、子どもたちが私の先生だったのですね。

いけがみ・あきら 東京工業大学特命教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)、「池上彰の18歳からの教養講座」(同)、「池上彰の世界はどこに向かうのか」(同)、新著「池上彰の未来を拓く君たちへ」(同)。長野県出身。68歳。

4月には新しい職場や教室で、自己紹介をしたり、自分の考えを述べたりする機会が増えるでしょう。そんなとき、自らの言葉で語る「会話」を大切にしてください。常にスマートフォンでつながる友人以外の人々に、「私」を伝える作業はとても大切なことです。

「話す力」は、学びや将来の仕事にも欠かせない身近な技術でしょう。ぜひ、人前で話す経験を積み、冷や汗をかいてみてください。まさに「習うより慣れろ」です。まず短く話すことから、1年間、チャレンジしてみるだけでも、大きな力になるはずです。

[日経電子版2019年2月15日付]

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