2012/5/13

音楽レビュー

「日本人はもっと、固有の文化を大事にしなければいけない」。チェリビダッケは、豆腐料理が好物だった。ある日、ミュンヘンの有名なビアホールが東京に支店を出したと告げたら、お説教が始まり「そんな醜悪なもの、壊してしまえ!」と、しかられた。

日本の技術への信頼はあつく、90年の来日時はソニーの大賀典雄CEO(最高経営責任者)に口説かれ、ブルックナーの交響曲第7、8番をハイビジョン収録することに同意している。

79年から亡くなるまで音楽監督の座にあったミュンヘン・フィルとは相思相愛、楽員との関係も最高だった。「誰か入院すると、マエストロが真っ先に見舞いに現れる」と当時の事務局長が教えてくれた。故国ルーマニアのチャウシェスク独裁政権が崩壊すると、チャーター便いっぱいの救援物資、ミュンヘン・フィルとともに慈善演奏にかけつけた。

亡くなったとたん、子息が文化支援と青少年育成の財団をつくり、慈善資金の財源に生前の放送録音を片っ端からCD化した。シュツットガルト時代がドイツ・グラモフォン、ミュンヘン時代がEMIと、レーベルは2つに分かれる。前者の颯爽様式、後者の悠然様式。どちらを好むかも聴き手にゆだねられている。

最後の来日となった93年には、ミュンヘン・フィルとべートーヴェンの交響曲第6番「田園」を演奏した。日本の多くの指揮者、聴衆が単なる自然描写と思いがちな楽想の奥を読み、田園=パストラーレという言葉が欧州の精神史で持つ意味も問いつつ、地中海的な微笑(アルカイク・スマイル)を絶やさない演奏は、夢のようだった。幸い同じ時期、ミュンヘンでの実況録音がEMIのシリーズには含まれている。

=文中敬称略

セルジュ・チェリビダッケ(ルーマニア) 7月11日生まれ、かに座。「鋭い感受性と想像力を備えた完ぺき主義者」。1996年8月14日没、84歳
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