STORY 積水ハウス vol.13

求められる企業であり続けるため、誰もが活躍できる場をつくる

積水ハウス 執行役員ダイバーシティ推進部長
伊藤 みどりさん

5度の「なでしこ銘柄」選定をはじめ、積水ハウスは女性活躍の先進企業として常に注目を集める。同社の多様な施策を整えた立役者こそ、執行役員ダイバーシティ推進部長の伊藤みどりさん(63)だ。「すご腕営業」として数々の金字塔を打ち立てた後、後輩のためにとダイバーシティの旗振り役を買って出てから10年余り。今も、そしてこれからも必要とされる、求められる企業であり続けるために、次の一手を探る。

初尽くし、敏腕の営業担当

頼もしい。伊藤さんは目を細めた。社内で開かれていた管理職候補者研修「積水ハウス ウィメンズ カレッジ」。現場監督としてチームを束ねる女性は、今後の経営について鋭く提案した。その夜の宴席では、戸建て営業で社内トップに輝く後輩と昔話に花が咲いた。「あの時、会社を辞めようかって涙を流してたね」。「そんなことありましたね」と笑顔で返す彼女は仕事を楽しみ、周囲を盛り立てるリーダーに成長していた。いつもの優しい表情はさらに柔らかさを増した。「こんな会話ができることがすごくうれしい」

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積水ハウス ウィメンズ カレッジ参加者を前に熱く語る伊藤みどりさん

全国の女性営業担当者全員が1年に1度集まり、成績優秀者による事例発表やグループ討議などを通じてスキルアップ、ネットワークの構築を目指す「全国女性営業交流会」、女性の現場監督と上司が一堂に会する「全国女性現場監督交流会」、上司の意識改革に向けたダイバーシティマネジメント講座、そしてウィメンズ カレッジ――。数々の取り組みに伊藤さんは携わってきた。「会社のためになるのか、働く仲間のためになるのか、さらにはお客様のためになるのか。3つの軸はぶれていないか、いつも考えてきた」。そう話す。

手厚い制度を備え、2018年4月時点で役員を除くグループ全体での女性の管理職は178人に上る積水ハウス。だが、45年前に伊藤さんがその門をたたいた時代はまったく様子が違った。偶然新聞の求人広告を目にして入社し、住宅展示場での営業補佐という業務に。当時、日本企業のほとんどが補助的な役割として女性を採用していた。他社と同じように寿退社が当たり前、結婚して働き続ける同僚もいなかった。先例のない中で、伊藤さんは結婚し、子どもを出産してからも働く道を選んだ。

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累計300棟を超える住宅を販売。建築現場にも足しげく通った(2002年)

「私が会社を変える」と気負ったのではない。頑張って仕事をしていた先輩たちが当然のように会社を去っていくのが不思議だった。展示場での勤務が10年を過ぎ、子どもが1歳を迎えたころ、総合職として営業担当にならないかとの打診が舞い込んだ。

展示場での接客を評価しての起用ではあったが、いざ現場に出てみると、まだまだ女性というだけで壁があった。男性上司とともに優良企業を回り、住宅取得を勧めても、得意先は一緒にいた男性に話を向ける。「名刺に営業と書いていても、なかなか認めてもらえなかった」。打開策はないか。浮かんだのは企業の社宅を回る、誰もが着手したことのない手法だった。「展示場でも来場された方の奥様との会話は弾んだので」。各社の許可を得て訪問すると、成果は着実に生まれた。

すると、最前線で活躍する姿を見ていた2人の同僚女性が「営業に挑戦したい」と声を上げた。上司に掛け合うと、店長として指導するならOKの返事が。女性初の店長として地域に根差した活動に汗を流す役割も加わった。05年には女性で初めて累計で300棟の販売を達成し、社長表彰を受賞。男性社会の住宅・建築業界で道を切り開いた女性管理職として、社内外で知られる存在となった。

問い続けた「会社、仲間、お客様のためなのか」

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先輩として手を差し伸べたいと、ダイバーシティ推進に取り組んだ

順風満帆な会社人生を過ごしていた伊藤さんは06年、全く新しい分野に飛び込む。ダイバーシティの推進。50歳での決断だった。

積水ハウスは05年に持続可能性を経営の基軸に据える「サステナブル宣言」を発表した。ESG(環境・社会・企業統治)経営の先駆的な取り組みといえる。同時に、女性営業職の採用拡大を始めた。さらなる成長に向けての布石として、だ。

これまでの男性中心の環境に女性の視点が入れば、商品・サービスの幅は広がり、より多くの顧客ニーズをつかみ取れる。女性に活躍してもらうことで、業績向上につながる。経営戦略の根幹との位置づけだった。06年には従業員がワーク・ライフ・バランスを実践できる環境を目指した「人材サステナビリティ」を宣言。さらに、女性活躍推進グループの立ち上げを決め、メンバーを公募した。

会社が本気で女性の力を求めている。伊藤さんは実感した。一方で、仲間となった営業職の女性が辞めていく姿も見ていた。「私は女性だから働きづらいと、思ったことがない。でも、これは経験を重ねたからだろう。男性社会にこれから入る後輩は難しい場面に出会う」。先輩として手を差し伸べなければとの思いが浮かんだ。定年までの10年間、会社にどんな貢献ができるのだろうか。営業職を続けるのがいいのか、何か新しい業務を手掛けるべきなのか。悩んだ末に、女性活躍推進グループのメンバーになりたいと手を挙げた。

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部員との打ち合わせでも温和な表情を崩さない

リーダーとして着任すると、まず先行事例を学ぶために女性活躍で著名な企業を回った。魅力的な施策は積極的に取り入れた。でも、すべてうまくいくわけでもない。会社のカラー、風土と合わないこともあった。同じ取り組みでもどうすれば積水ハウスらしい味付けができるのか。試行錯誤したという。

採用した若手女性営業担当がつらい経験だけして、3年程度で辞めないように、と心を砕いた。「仕事の面白さが分かり、お客様にも喜んでもらっていると手ごたえを得てほしい」。そう願い、悩みを抱える一人一人に寄り添い、人材のミスマッチを解きほぐし、円滑なコミュニケーションを達成するために研修を、ガイドブックの作成を、提案を繰り返した。

周囲の力添えもあった。誰もが認める実績を上げ、意欲もありながら、既存の制度を活用しても働き続けることが難しい女性がいた。このまま会社を去るのはあまりにもったいない。この社員だけの特別な制度を認めてほしい。上司にかけあうと、「よし分かった。今から社長にお願いしに行こう」。一緒に社長室に入り、説明をしてくれた。「僕は伊藤さんの連帯保証人。思い切ってやってよ」。こう言い添えて。

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全国女性営業交流会での討議は白熱

「わがままを聞くのではない。頑張っている人が苦しんでいるときに新しい道を作るのは、会社のため、仲間のため、さらにはお客様のためにもなる」。伊藤さんは確信したからこそ相談し、上司はそれに応えてくれたのだ。

やがて、最も課題が多かった営業職で、女性店長が生まれ始める。全国女性営業交流会に出席した男性上司たちは、優れた成績を残す従業員を目のあたりにし、「女性に不向きな事業がある」といった先入観を取り払っていった。設計をはじめとする技術職にもリーダーは拡大。女性活躍推進グループが発展し、「ダイバーシティ推進室」と名前を変えた14年ごろには、大きな変革が達成できてきたと手ごたえをつかんだ。

欠かせぬトップのコミット

なでしこ銘柄のほかにも、「女性が輝く先進企業表彰」での「内閣府特命担当大臣賞」といった数々の表彰、認定に輝く同社。学びたいと訪ねる企業は尽きない。そこで伊藤さんが繰り返す言葉がある。トップの役割だ。「当社はトップが女性の活躍を後押しし、ダイバーシティを進めると折に触れ強調してきたからこそ、ここまでたどり着いた」と。阿部俊則会長は08年の社長就任時から、「女性の活躍なくして会社の未来はない」と繰り返してきた。

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女性経営陣が加わり、視点が広がったと実感する

18年に積水ハウスは経営陣の顔ぶれを変え、社外取締役、監査役として2人の女性を加えた。企業統治強化の一環だ。「取締役会と、これに先立つ経営会議での議論が活発になっている。伝えられる報告や意見に様々な視点がある」と伊藤さんは実感する。CSR部長、住生活研究所長には女性が就いた。伊藤さんを追いかける人材は確実に増えている。

同じ年の7月。仲井嘉浩社長は子育てを応援する社会を先導する「キッズ・ファースト企業」を目指して、3歳未満の子どもを持つ男性従業員全員に1カ月以上の育児休暇を取得させると宣言した。「『わが家』を世界一幸せな場所にすることを目指すという長期ビジョンを達成するには、社員が幸せでなければならない」(仲井社長)。その一歩が、男性の育休取得だ。

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全国女性営業交流会をはじめ、様々な施策に携わった

社員のためというだけではない。育休を取得するには、男性がパートナーと、さらには上司や部下とも事前に綿密な打ち合わせをし、意見を交わし、業務の引き継ぎ方など様々な課題を把握し、新しい解決策を見つけることになる。仲井社長が成長のカギとみる「イノベーション&コミュニケーション」を具現化できる。

宣言にあわせ、伊藤さんは「イクメン休業」と呼ぶ新制度の構築に動き出した。まず研修会「イクメンフォーラム」を開き、育休を取得する意義やその価値などについて意見交換した。まだ緒に就いたばかりで、運営をもっと磨く必要がある。「社員の幸せとは、職場の幸せでもある。みんなで支え、工夫しあえるようにしていく」。そう力を込める。

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「社員が幸せということは、職場が幸せでないとダメ」

人生100年時代を迎え、多様な事情を持つ働き手は増える。「目に見えるダイバーシティだけでなく、見えない部分にも配慮し、一人一人が最大限の能力を発揮できる職場にしなければ」。これが与えられたミッションだと実感する。そのためには業界あげて取り組むことも必要だとも考えている。11月にはライバルである住宅メーカー8社が集まり、女性の技術職の職域を広げていく方策を話し合った。男性社会の業界に風穴を開けるために。

「わくわく ドキドキ」できる職場。会社の掲げる目標を達成するために、やることはまだまだあると伊藤さん。「体がいくつあっても足りない」。いつもの柔和な表情でほほ笑みながらも、目に力を宿した。

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