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腹いっぱいのプロレス人生 昭和・平成駆けた「天龍」 元プロレスラー 天龍源一郎氏(1)

2018/12/12

多くのファンに愛された元プロレスラーの天龍源一郎氏=天龍プロジェクト提供

2015年11月15日、「昭和のプロレス」を体現しながら、昭和・平成の時代を駆け抜けた男が65歳で現役を退いた。天龍源一郎氏。福井県に生まれ13歳で相撲界に入り、その後プロレスに転じる。大企業が全面的に支援する新団体の顔として経営に関与したこともあった。本人は「腹いっぱいの人生」だったという。

(2)「横綱までいく」と誘われ、中2で二所ノ関部屋へ >>

私のスタイルが「昭和のプロレス」と言われ出したのはいつだろう。いろんな団体が乱立し始めた00年代後半ごろでしょうか。当時はプロレスファンの裾野が広がったのはいいのだけど、「自称プロレスラー」が増えていました。

だが、私や長州力、藤波辰爾、藤原喜明ら昔の人たちからすると、がぜん「俺たちはその辺のあんちゃんと違うんだよ」というプライドが出てきた。私が記者にもそういう態度をとり、そう言われるようになったんだと思います。

いわゆる「昭和のレスラー」はコンビニエンスストアや立ち食いなんかに行かず、カップめんも食べなかった。ファンとの間に壁をつくり、強い男のイメージをつくる。それなりのポリシーを持っていました。

平成がもうすぐ終わりますね。私は昭和、平成と股にかけて自分の時代を生き抜いてきた自覚があります。平成という時代を重ねれば重ねるほど、生き抜いてきた実感がわく。「昭和」は心地よい響きでとても好きでした。

様々なレスラーと戦った。最も刺激を受けたのは今でも根強いファンがいる外国人レスラー、スタン・ハンセンとブルーザー・ブロディ。「昭和のプロレス」の原点ともいえる。

ハンセンとブロディにプロレスとプロレスラーのすごさを一番教わりました。

2人ともスタイルは違うのだけど、タフで頑丈で、相手をのべつ幕なしに攻めて、それでいてぱっと機転を利かせて技を切り替える。リングの上でレスラーがのほほんと立っていたら客にばかにされる。

次から次へと何をやっていくか組み立てて、自分のショーに結びつけていきます。「俺が一番」というプライドも高い。

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