ネスレ日本と佐川急便が、一般の個人などが商品の配送を担う新サービス「MACHI ECO便」を発表。ライドシェアの米Uberの宅配版ともいえるサービスを、なぜネスレが手掛けるのか。その真意と勝算を探った。

新サービス「MACHI ECO便」を発表する高岡浩三社長
新サービス「MACHI ECO便」を発表する高岡浩三社長

 ネスレ日本は佐川急便とタッグを組んで、新たな宅配サービス「MACHI ECO便」を10月1日から始める。一般の個人や飲食店などの事業者から協力を募り、ECO HUB(エコハブ)という独自の配送拠点を設置。ネスレの定期購入サービス利用者が注文した商品を佐川急便が各地域のエコハブにまとめて届け、各家庭へのラストマイルの配送は地域に住む一般の個人などが行うというものだ。

 エコハブを担う個人は商品の配送をすることで報酬を得られる仕組みで、サービス利用者はエコハブに商品を受け取りに行けば商品代金の5%が割り引かれる。MACHI ECO便はこの2者のマッチングプラットフォームとして機能し、いわば「宅配サービス版Uber」ともいえるサービスだ。「Uberのように利用者がエコハブを評価するシステムも導入する予定」(ネスレ日本Eコマース本部の津田匡保部長)という。

 MACHI ECO便は当初、東京6区(港区、品川区、千代田区、中央区、新宿区、渋谷区)と、大阪4区(北区、中央区、福島区、此花区)でスタート。エコハブは東京で100カ所、大阪で30カ所設け、都内には専用の宅配ロッカーを14カ所設置する。

MACHI ECO便のモデル図
MACHI ECO便のモデル図
サービス利用者は近所のエコハブを選択可能。エコハブを担う人の情報も確認できる
サービス利用者は近所のエコハブを選択可能。エコハブを担う人の情報も確認できる

 今回、食品メーカーのネスレ日本が宅配改革に乗り出すのは、近年のEコマースの利用拡大、再配達の増加にドライバー不足に悩む物流業界が追い付けず、配送料の値上げが利益の圧迫要因になっているから。「ネスカフェ アンバサダー」や、昨年から本格展開を始めた「ネスレ ウェルネス アンバサダー」といったEコマースで90万人の会員を抱え、それが成長の原動力になっているネスレ日本にとっては、非常に深刻な問題だ。

 その点、MACHI ECO便を導入するメリットは大きい。これまで佐川急便がネスレの定期購入サービス利用者に個別配送していたものが、エコハブに集約できるからだ。ネスレ日本の高岡浩三社長は、「宅配コストは、現状の半分程度に減らせる」とみる。佐川急便にとっても配送先が少なくなるため、人手不足の問題解決の一手になり得るし、排出ガスの削減など環境問題にも対応できる。

 また、こうした宅配コストの問題を抱えるのは、何もネスレだけではない。そのため、MACHI ECO便は定期購入サービスなどを展開する他メーカーも相乗りできるようにする方針。ファンケルやP&Gジャパン、世界の茶葉を扱うルピシアが参加する。徐々にサービス地域を広げつつ、参画企業を増やし、「2019年末までに全国展開、2025年末までにMACHI ECO便の利用者100万人を目指す」(高岡氏)という。

都内14カ所に設置される専用の宅配ロッカー。MACHI ECO便の配達や受け取りには段ボールを使わず、エコバッグを活用。資源のムダ使いを抑える
都内14カ所に設置される専用の宅配ロッカー。MACHI ECO便の配達や受け取りには段ボールを使わず、エコバッグを活用。資源のムダ使いを抑える

 企業側にうまみがある一方で、エコハブを担う個人や、通常の配送からMACHI ECO便に切り替える定期購入サービスの利用者側のメリットもよく練り込まれている。前述したように、それぞれ報酬や割引が受けられることに加え、「コミュニケーション」がキーワードになる。

 例えば、ネスレがエコハブの担い手として想定しているのは、元気なシニアや街の個人商店。シニアが徒歩や自転車を使ってご近所に商品を配達するのはいかにも健康的だし、自宅にサービス利用者が商品を受け取りに来れば、自然と会話が生まれ、孤立しがちな単身世帯のシニアも救われる。また、飲食店や商店がエコハブの拠点になれば、商品を受け取るついでに食事や買い物をする人もいるだろう。ネスレが目指すところは、宅配を通じて地域に住む人同士のふれあいを増やし、コミュニティーを活性化することにある。その媒介としてネスレの商品が位置すれば、ブランドへのロイヤルティーも向上するというわけだ。

ご近所のエコハブでの商品の受け渡し、商品の配達によって地域の交流が生まれる
ご近所のエコハブでの商品の受け渡し、商品の配達によって地域の交流が生まれる

 実はネスレには、同じような成功体験がある。主にオフィス向けに展開しているコーヒーの定期購入サービス、ネスカフェ アンバサダーだ。アンバサダーは職場を代表してコーヒーの代金を一括で支払い、同僚から1杯ごとの料金を収集するなど、面倒な役割を担う。にもかかわらず、今では会員数は42万人に達している。「我々も当初は理解できていなかったが、アンバサダーの方々のモチベーションは、コーヒーを中心に職場で会話が生まれ、仲間が喜び、感謝してくれることにあった」と高岡氏。これと同じ構図で、人と人とのつながりという精神的なベネフィットを生み出せることが、MACHI ECO便の根本にある価値といえる。

 とはいえ、エコハブ1カ所当たりでどれくらいのサービス利用者数を受け持つのがベストなのか、エコハブのなり手もサービス利用者も多い都市部だけではなく、地方でも成り立つのかどうか。事業スタート後も試行錯誤が続く。「物流高騰」「環境汚染」「少子高齢化」「地域コミュニティー崩壊」といった新たな現実に、ネスレと佐川急便の取り組みが“答え”を出せるか、注目だ。

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