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大阪にリトル沖縄、誕生の理由 住民4分の1が出身者

2011/8/18

 大阪市大正区には沖縄出身者が多い。子や孫たちまで含めると、約7万人の区民の4分の1程度を占め、沖縄県北中城村の人口に匹敵する。商店街は沖縄物産店が軒を連ね、琉球舞踊のけいこ場や琉球空手の道場も少なくない。彼らはどういう経緯で大正区に移住し、どのように暮らしているのか。現地を訪ねた。

沖縄出身者が多く住む大正区にある平尾本通商店街(大阪市)

 大阪沖縄県人会連合会長の嘉手川重義さん(68)はJR大正駅の高架下で沖縄居酒屋「おもろ」を経営する。創業は1983年。今では珍しくない同種の店としても最初期のオープンだ。店内には泡盛の一升瓶が並び、メニューにはオリオンビールやソーキそば、ヤギ刺しなども。「正確な統計はありませんが、確かに区民の4分の1くらいは沖縄と縁のある人でしょうね」と言う。

 嘉手川さんは両親が沖縄出身の神戸市生まれで、大阪の泉大津で育った。小学生のころに沖縄へ引きあげ、30歳を前に大阪に戻り、大正区で旅行会社や飲食店を興した。「現在は親や祖父母の代に大正区に移った人の方が多いはず」

 大正区への移住者が本格的に増えるのは第1次大戦後。沖縄では深刻な不況下で食料に事欠き、ソテツの実や幹まで口にしたため「ソテツ地獄」と呼ばれた苦しい時期だった。彼らは出稼ぎのため、紡績産業で勃興期を迎えた大阪に大挙してやって来た。中でも大正区には工場が多く、移り住む人が相次いだようだ。

 しかし、本土との文化や風習の違いに悩む人も多かった。就職では不当な差別があり、借家でも「琉球人お断り」といった貼り紙が当たり前。自然と沖縄出身者は大正区内の何カ所かに集まり、助け合うようになった。「元来、沖縄には相互扶助を意味する『ゆいまーる』の精神があります」と嘉手川さん。自身も起業の際、沖縄出身者の手厚い援助を受けたという。

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