大都市のオフィス街に溢れる“ランチ難民”。救いの一手として注目を集めるのが、小型の飲食店に改装したフードトラックと、空きスペースを有効活用したいオフィスビルなどをマッチングするシェアサービス「TLUNCH(トランチ)」だ。運営するスタートアップ、Mellow(メロー)は飲食店にとどまらず、リフレッシュサロンやネイルサロン、衣服のセレクトショップなど、あらゆるサービスを営業リスクが高い固定店舗の呪縛から解き放ち、移動式に変える構想を持つ。その驚きの狙いとは?

空きスペースを活用したフードトラックが“ランチ難民”を救う
空きスペースを活用したフードトラックが“ランチ難民”を救う

 ランチを食べたくても、会社近くの店はどこも混雑していて昼休みの時間内ではとても食べられそうにない。かといって、忙しい朝に手作り弁当を仕込む余裕もないし、以前よりおいしくなったとはいえ、毎日コンビニ弁当を食べるのも気が引ける……。

 こんな“ランチ難民”が、大都市のオフィス街には溢れている。ランチ難民とまではいかずとも、会社の周囲の飲食店は行きつくし、楽しいはずのランチがマンネリ化している人は多いはずだ。

 ここに目を付けた新たなシェアリングサービスで急成長しているのが、2016年に創業したスタートアップ、Mellowだ。同社は、小型のバンやトラックを飲食店に改装したフードトラックと、オフィスビルなどの空きスペースをマッチングする「TLUNCH」を運営。18年7月現在、提携フードトラックは400台(店舗)に上り、これらが首都圏の80カ所以上の空きスペースで営業している。

たっぷりの肉が盛られたガッツリ系弁当(写真左)や、定番のガパオライスとグリーンカレーのセットなど、各フードトラックは工夫を凝らしたメニューで勝負する
たっぷりの肉が盛られたガッツリ系弁当(写真左)や、定番のガパオライスとグリーンカレーのセットなど、各フードトラックは工夫を凝らしたメニューで勝負する

 TLUNCHに登録されたフードトラックは、アジアンフードやイタリアン、フレンチといったメジャー料理から、イスラエルやガーナ、ハイチなどの個性的な多国籍料理を提供するものまでそろう。それらのフードトラックが、Mellowの独自システムによって配車され、日替わりで空きスペースにやってきて、ランチ営業する仕組みだ。利用者はスマホアプリで、その日に営業しているフードトラックを確認可能。フードトラックの営業拠点近くで働くビジネスパーソンにとっては飲食店の選択肢が増え、毎日異なる出来たての料理を楽しめるというわけだ。「提携フードトラックは毎月10店舗ずつ増えており、土地を有効活用したいオーナーのニーズも強いため、営業拠点も18年内に134カ所に拡大する見込み」(Mellowの柏谷泰行社長)という。

Mellowの柏谷泰行社長
Mellowの柏谷泰行社長

 TLUNCHに登録しているフードトラックは、7割程度がフードトラック専業。独立を目指すシェフが都心部で飲食店を開店するには、店舗の改装費や保証金などで少なく見積もっても1000万~2000万円程度かかるが、フードトラックなら200万円程度と低いハードルで始められる。また、都心で条件のいい物件が空いていることはまれだが、TLUNCHに登録された空きスペースの多くは一等地のオフィスビルや、周辺に競合の飲食店が少ない大学や工場エリアなどにあり、出店の条件としても有利。そのため、自分の腕で勝負したい料理人が次々に挑戦を始めているのだ。

 残りの3割は、固定店舗を運営しながらランチ営業をフードトラックで行う兼業スタイル。例えば、東京・銀座のイタリアン「Colpo della strega(コルポ デラ ストレーガ)」は16席しかない小型店舗のため、平均客単価1000円程度のランチを提供し、昼間に2回転したとしても売り上げは最大3万2000円。これではランチで利益を出しにくいため、フードトラックを始めたという。すると、1回のランチタイムで120~180食も提供する繁盛店となり、固定店舗でのランチ営業の実に3~4倍という売り上げを叩き出している。こうして高収益を狙うとともに、フードトラックで顧客の舌をうならせれば、固定店舗でのディナー営業に向けた絶好のアピールにもなる。

銀座にリアル店舗も構える「Colpo della strega」。分厚いローストポークがメインの弁当を提供する
銀座にリアル店舗も構える「Colpo della strega」。分厚いローストポークがメインの弁当を提供する

 一方、フードトラックに土地を提供するオーナーにとっては、空きスペースの収益化に加え、ランチのバリエーションを増やすことでテナント企業の満足度を高めることができる。また、TLUNCHで配車されるフードトラックは、車体の外観から黒板看板などの販促物まで、Mellowによってどれも小じゃれたデザインに統一されており、お祭り屋台のような野暮な雰囲気はない。そのため、都会的なオフィスビルの景観を損なわず、導入しやすいという面がある。

 こうして提携フードトラックと土地オーナーの間に入ってマッチングを行うMellowは、出店料としてフードトラックから売り上げの15%を受け取り、その3分の1に当たる売り上げの5%を空きスペースのオーナーに配分する仕組み。Mellowは単にマッチングを行っているだけではなく、先述したフードトラックなどのデザイン統一の他、「kitchen」という独自の運営管理システムをフードトラック事業者に提供している。kitchenには日々の売上額が入力され、場所別の最大・最小の提供食数や直近4週の平均売上額、利益が出たフードトラックの割合などを確認できる。「フードトラック事業者が、売れない理由を立地のせいにするのではなく、平均の実績より下回っている場合は何が悪かったのか考え、改善するPDCAサイクルを回すためのシステム」と柏谷氏は話す。

TLUNCHのビジネスモデル
TLUNCHのビジネスモデル

 また、Mellowはこの販売データを生かして、どの拠点にどんな料理を提供するフードトラックを配置すると収益が最大化できるかを分析。その場所で働いている人が好むフードトラックを月曜から金曜の5日間のローテーションで組み、それを4カ月に1度のペースで見直している。「個性的なイスラエル料理などがよく売れるビルと、イタリアンなどの定番メニューが強いビルなど、場所によって売れ筋の傾向が異なる。それを、データを基にカスタマイズし、場所単位でパーソナライズ化していくのが当社のノウハウ」(柏谷氏)という。こうした取り組みによって、フードトラック1店舗・1日当たりの平均売上額は16年度で3万3299円だったものが、17年度は4万8106円と、外食業界が苦戦傾向にある中、たった1年で実に144%へと伸長している。

今後はあらゆる店舗が移動式に?

 こうして着々と“ランチ難民”の課題を解決しているMellowが次に狙うのは、朝や夕方、夜の業態開発だ。というのも、現状のフードトラックは11時30分~14時30分の3時間で営業して収益を生み出しているが、その他の時間は以前と同じく、空きスペースは活用されていない。ここにハマる業態を生み出せれば、土地オーナーは収益アップを狙えるし、移動販売車を使ったビジネスでより多くの人が活躍できるからだ。

 すでに新たな業態開発は進んでいる。例えば夜間営業で有望なのは、“ちょい飲み”フードトラック。以前、ジャパニーズワインナイトと題して、石窯を積んで出来たてピザを提供するフードトラックや、ワインなどを提供するフードトラックを集め、音楽の演出まで行ったところ、野外の開放的な雰囲気の中で心地良く飲めるとあって盛況だったという。また、仕事帰りのビジネスパーソンが増える夕方の需要を確認するため、食品宅配のオイシックス・ラ・大地と組んだフードトラックをテスト。必要量の食材や調味料、レシピをセットにしたミールキット「Kit Oisix」を販売するトラックを仕立て、自宅に帰って家族と手間なく食事を取りたい人のニーズを捉えた。

 さらに、Mellowが仕掛けるのはフードトラックばかりではない。直近では、トラック内で肩こりや体の張りをほぐす施術が受けられる移動型リフレッシュサロンを恵比寿プライムスクエアタワー(東京・渋谷)のビル前広場でテスト展開(7月23~31日の期間)。トラック内には簡易ベッドとクイックチェアーが設置してあり、上半身のケアを中心とした施術を10分1000円(税込み)~という料金設定で受けられる。施術を行うのは関東エリアで29店舗を展開するもみの匠のスタッフで、男女の施術師が常駐しているため、女性も気軽に立ち寄れる設計だ。もみの匠にとっては、フランチャイズ展開を進めるに当たって、従来の固定店舗だけのモデルではなく、コスト負担の軽い移動型店舗のフォーマットを確立できればメリットが大きい。

7月にテスト展開した移動型リフレッシュサロン
7月にテスト展開した移動型リフレッシュサロン

 この移動型リフレッシュサロンの当初4日間の実績は、利用者数が15人、売上額にして2万4000円だった。利用者数はさほど多くないが、用意した10分、20分、50分コースのうち、10分と20分コースの利用者が大半で、クイックメニューを求めている傾向が分かったという。また、来店は17時40分頃から18時30分頃の約1時間に集中しており、「仕事の中抜けでリフレッシュしたいというより、帰宅時間の需要が多かった」(柏谷氏)。今後、営業時間や提供メニュー、立地などの検証を重ね、夕方の定番トラックに育つ可能性もある。この他、Mellowは移動型のネイルサロンや、ファッションアイテムを試着してウェブで注文できる移動型セレクトショップなどの展開も計画。いずれも年内にテストを始められる予定だという。

 こうしたMellowの取り組みの面白さは、「あらゆるサービスをモビリティと組み合わせ、最適配車するプラットフォーム」ということにある。従来の商業は固定店舗を前提にしていたため、初期コストがかさみ、出店のハードルが高かった。それゆえ、「シェフでも施術師でも、個人の才能が土地に縛られて、不必要なリスクを背負ったり、自分のこだわりを思うように発揮できなかったりしていた」と、柏谷氏は見る。その点、移動型店舗なら、極論すればニーズのあるところに出向くことができるから、強みを存分に発揮できる。例えば、中華粥の専門店をやりたい料理人がいれば、高齢化が進む巨大団地やサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)に配車することも考えられる。「移動販売車を使って、個々人の才能をどこに配車すると社会にとって最適なのか」(柏谷氏)、Mellowはそうしたことに答えを出そうとしているのだ。

18年1月に開催された米国の展示会CESで、トヨタ自動車が発表した「e-Palette Concept」。移動や物流、物販など、さまざまなサービスに対応する構想だ
18年1月に開催された米国の展示会CESで、トヨタ自動車が発表した「e-Palette Concept」。移動や物流、物販など、さまざまなサービスに対応する構想だ

 今後、カーシェアなどが普及し、公共交通的な役割を持つ自動運転車が実用化されると、マイカーを手放す人が加速度的に増えることが予想される。すると、これまで必要だった駐車場が大量の空きスペースに代わり、それらの有効活用が課題になるだろう。また、トヨタ自動車が打ち出したモビリティサービス専用の自動運転EV(電気自動車)「e-Palette Concept」で想定される移動×物販の世界にも、Mellowの取り組みは重なる部分が大きい。「例えば、複数の人気ベーカリーと提携し、早朝に自動運転のフードトラックが各店を回って焼き立てパンをピックアップ。月曜はクロワッサン祭り、火曜はカレーパン祭りなど、朝の通勤時間帯に合わせてオフィスビルの空きスペースで販売するスキームを作れば、移動をテコにした新しい需要創出ができる」と柏谷氏は話す。

 クルマが移動手段だけではなく、さまざまなサービスを提供する“箱”になる近未来。フードトラックを皮切りにMellowが握ろうとしている「人の才能」の最適配車ノウハウが、今後重要なカギとなりそうだ。

(写真/大髙和康)

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