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暮らしを変えた立役者

立ちそば1号店を開業 着想は旅先の出合いから 「名代 富士そば」創業者 丹道夫氏(12)

2018/8/10

落語の人気演目から「そば清(せい)」という屋号を決め、67年9月に営業を始めました。当時はかけそばが1杯40円。天ぷらと生卵を載せた一番高い「天玉そば」は60円でした。

なんとか開店にこぎつけた「そば清」は初日からびっくり仰天。朝から晩まで大盛況でした。多い日には1日1500人。あまりに混み合っていたため、「お一人様、一日一回限り」という暗黙のルールができました。ルールを破って朝、昼、晩と来る客も。先日会った当時の従業員はそんな客に「あなた、今日2回目でしょ」と文句を言っていたそうです。

■不動産事業に先見の見切り

これだけはやるなら、とすぐに2号店の計画をまとめました。とはいえ、本業の不動産事業も絶好調。立ち食いそば店はあくまで、役員の小遣い稼ぎ程度という位置づけでしかありませんでした。

68年になり、不動産事業を巡って、この道に入るきっかけをつくってくれた大林さんから「共同経営から二人で手を引こう」と打ち明けられました。腹をくくった私たちは新宿の喫茶店に西村さんを呼び、会社をやめる決意を伝えました。西村さんは驚きを隠せない表情を浮かべた後、しばらく黙り込みました。ようやく漏らしたのは「条件は」という言葉だけ。私たちは「そば清」など飲食店の経営権だけを求め、不動産事業は西村さんにすべて任せると話しました。

「丹さん、悪かったね」と頭を下げる大林さん。しかし、私としては恨む気持ちなどさらさらありませんでした。いいときはいつまでも続くわけない、不動産ブームもやがては落ち着くだろうと考えていました。若かったこともあり、また一から頑張ろうという気持ちでした。

[日経MJ(流通新聞)2017年7月14日付]

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