『ベン・ケーシー』が偉大なのは視聴率だけじゃない。その設定や世界観が、今日の医療ドラマのひな型になっている点もある。例えば主人公・ベンは、腕は超一流だが、傲慢で自信に満ちて独善的。そのため、時に病院経営者や同僚医師とも対立する。ほら、まるで『ドクターX』の大門未知子をほうふつとさせるでしょ?

さらには、そのフォーマット。手術を通して描かれる患者とその家族の葛藤、同僚医師や看護師たちとの間に起こる人間ドラマ、そして生死を分けるリアルな手術シーンに、同僚との淡い恋模様。これら一連のフォーマットは今日の医療ドラマの定型なのである。

日本の医療ドラマの父『白い巨塔』

『ベン・ケーシー』の人気は、早速、日本でも影響を受けた作品を生み出す。山崎豊子の小説『白い巨塔』である。「サンデー毎日」(毎日新聞出版)の連載開始は『ベン・ケーシー』の人気が頂点にあった1963年だ。

同小説の主人公・財前五郎のキャラや設定は、明らかにベンをほうふつとさせた。彫りの深い顔立ちに、白衣からのぞく毛深い腕は男としてのセックスアピールを感じさせ、外科医としての腕は超一流。その性格も自信に満ちて独善的だった。そう、優れたエンタテインメントはオマージュから生まれる。

とはいえ、『白い巨塔』が『ベン・ケーシー』に影響を受けたのはここまで。大学の医学部を舞台にした権力争いや、良心的な内科医とのライバル関係、医療ミスを巡る裁判、そして主人公の医師自らが病に侵され、死を迎える結末などは山崎のオリジナルである。そして、それらのフォーマットは『ベン・ケーシー』同様、今日の医療ドラマのひな型になっている。

『白い巨塔』は、1966年に田宮二郎の主演で映画化されて以降、度々映像化されてきたが、中でも、2つのフジテレビの連ドラの印象が強い。1978年の田宮二郎版と、2003年の唐沢寿明版である。前者は撮影終了直後に田宮さんが自殺を遂げ、後者はリアルな演出が評判となり、いずれも最終回は高視聴率となった。

医療ドラマは書き手にかなりの専門知識が要求される

■医療知識を持つ2人の作家が書いた70年代作品

医療ドラマが通常のドラマと異なるのは、フィクションとはいえ、書き手にかなりの専門知識が要求されることである。そのため、前述の山崎豊子さんは「白い巨塔」を執筆するにあたり、膨大な取材を重ねたという。常々「取材魔」と揶揄(やゆ)される山崎さんの本領発揮である。

そんな中、70年代にくしくも2人の医療知識を持つ作家が、後にドラマ化されることとなる、原作を相次いで発表する。一つは渡辺淳一の小説「無影燈」(1972年)、もう一つは手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」(1973年~1983年)である。渡辺は作家になる前は札幌医科大で整形外科医をしており、手塚も大阪帝国大学付属医学専門部の卒業生で、医師免許を持つ医学博士だった。

「無影燈」は、1973年(主演・田宮二郎/脚本・倉本聰ほか)と2001年(主演・中居正広/脚本・龍居由佳里)に、いずれもTBSで『白い影』のタイトルで連続ドラマ化された。主人公・直江庸介は孤高の天才外科医。看護師の志村倫子(田宮版:山本陽子/中居版:竹内結子)と禁断の恋に陥るが、終盤、病に侵されて死に至る物語。医療ドラマでありつつ、ラブストーリー仕立ては、実に渡辺作品らしかった。

一方、「ブラック・ジャック」は、1981年(テレビ朝日)に加山雄三主演で連続ドラマ化されたのをはじめ、2000年から2001年にかけてはTBSで本木雅弘主演で単発ドラマが3本作られるなど、幾度か映像化されている。主人公・ブラック・ジャックは医師免許を持たない、一匹狼の天才外科医。手術シーンのリアルな描写は、医学博士である手塚の本領発揮だった。

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80年代を象徴する医療ドラマ
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