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常磐炭鉱では10代で働く人も珍しくなかった=いわき市石炭・化石館提供

常磐炭鉱では10代で働く人も珍しくなかった=いわき市石炭・化石館提供

立ちそば店「名代 富士そば」を創業した丹道夫(たん・みちお)氏の「暮らしを変えた立役者」。第6回では後のスパリゾートハワイアンズでも知られる常磐炭鉱で働いた日々を回想します。

◇  ◇  ◇

一度は夢破れた東京へ再挑戦

東京の呉服店の面接は不採用。郷里の愛媛県大保木(おおふき)村(現・西条市)に戻り、しばらく地元で仕事をしていました。わずか3日しかいられなかった東京への憧れは募るばかり。母に打ち明けると、意外にも「頑張っておいで」という返事でした。

2度目の上京のルートは前回と同じ。東京行きの夜行列車の中、向かいの席に座った、大宮(さいたま市)の女子大学生と知り合いになり、「困ったことがあったら連絡して」と小さな紙切れを渡されました。そこに書いてあったのは下宿先の電話番号でした。

2度目の東京。今回は迎えはなく、仕事のあてもなし。駅を降りると、人混みに1人ぽつり。不安が広がり、大宮の女子大学生に相談しようかという考えが頭に浮かびました。しかし、さっき東京駅で別れたばかり。今は電話をかけても本人につながらない。とりあえず時間つぶしに上野へ向かいました。西郷さんの銅像を見物した後、駅に戻って大宮に向う列車に乗り込みました。

温泉町に向かった理由

ところが、なかなか大宮に着きません。そのうち、海岸線が見えてきました。「大宮はまだでしょうか」と近くのおばあさんに尋ねると、「この列車は大宮には行かないよ」。列車を間違え、常磐線に乗ってしまったのです。

引き返すのも面倒になって、平(福島県いわき市)行きの列車にそのまま終点近くの湯本駅(同)まで乗っていきました。降りた理由は近くに温泉があると列車の中で聞いたから。温泉が湧く土地なら仕事はたくさんあるはず。頭に浮かんだのは、オート三輪の免許を取るため、松山市に行った帰りに見掛けた道後温泉のにぎわいでした。

湯本の街を歩いていると、電信柱に求人広告のビラ。よく見ると炭鉱での仕事でした。ここまで来たのだからと自分に言い聞かせ、ボンネットバスに揺られて常磐炭鉱へ。終点が近づくにつれて、黒いダイヤと呼ばれた石炭の山がいくつも現れ、手前には、炭鉱で働く人やその家族が住むハーモニカ長屋と呼ばれる集合住宅が並んでいました。

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