2018/5/11

暮らしを変えた立役者

だがこれでは終わらなかった。野村側はすでに私に見切りをつけ、新体制で再生計画を作ろうともくろんでいた。

あるとき、MBO(経営陣が参加する買収)の交渉役だった野村の副社長から、創業4兄弟の「オーナー会」に話が来た。「横川社長は退任してほしい」。その代わりにビルの事務所と秘書、車と給与を保証するとの条件をつけてきた。

冗談ではない。そうなると5年後の再上場に向けて社員に渡した株の価値はゼロになってしまう。なのに自分たちはオプション付きでぬくぬくするなんて、筋が通らない。MBOを決めたときの約束では、5年間社長を続けられるはずだった。だが野村はそれを覆し、資本の論理に訴えてきた。

私が辞めると先の2社からの出資話は白紙になる。社長交代には銀行団の了承が必要だが、その足並みがそろわず、態度が明確にならない。各方面から説得されたが、私は辞任という道は選ばなかった。

最終的に野村は、08年8月の株主総会で私を取締役候補に推薦しないと言ってきた。社長を続ける道を絶たれ、私は事実上「解任」に追い込まれた。

[日経MJ(流通新聞)2016年11月18日付]

※「暮らしを変えた立役者」は金曜更新です。